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無機質なシャワー音が、響く。
常よりも少し熱めの湯が、桂の長い髪を打って濡らしていく。滴が束になって、毛先を伝ってどんどん冷たい床に落ちていく。
その光景を、桂はぼんやりと眺めていた。
そこから何が産まれるというわけでもなく、何が失われるというわけでもない。
肌は湯に当たっているはずなのに、温度を何も感じない。自分自身が壁に覆われて存在しているかのように桂は感じていた。
現に、シャワー音さえもすぐ近くではなく、もっと遠いところで鳴り響いているように思える。
「や、」
施錠して歩み寄ってきた担任教師に突如馬乗りになられ、制服のカッターシャツの襟を力任せに引きちぎられたとき、桂は
やめろ、と怒鳴りつけたかった。実際、そうしたと思っていた。
しかし声帯から絞り出されたのはか細く情けない音だけで、世間一般には其れは悲鳴、と呼ばれるものであるに相違なかった。
「や、めろ貴様…!」
シャツのボタンを豪快な音を立てながら裂いていく担任の行動の目的に、殆ど疑いはなかった。
自分が女性なら或いは、施錠された時点で察知していたやもしれない。
しかし現実は、自分は男で、この担任も、男。
頭の中では猥雑な思念や感情がとぐろを巻いて唸り、冷静な判断はつかずとも服を脱がされることとはどういった行為に直結するかはわかる。
担任教師の手はベルトに掛けられ、がちゃがちゃと耳障りな金属音を立てて桂を暴いていく。
どれだけ抵抗しようと藻掻いても、ぴくりとも動かない圧倒的な力の差が桂をますます絶望の淵に追いやった。
「やめ、ろ!誰か!誰か来__」
「いーよ、もっと叫んで」
精一杯の大声で叫ぶ桂を制止せず、銀八は意外な言葉を吐いた。
「そりゃあね、」
銀八はベルトを握ったまま不敵な笑みを浮かべてあやすようにそう続ける。
呼吸が、否応なしに荒くなっていく。瞳孔が開く。視界に広がる白髪は死の象徴か何かに思えた。
「今誰か来ちゃったら確実に俺は辞めさせられるけど。俺には他に宛てもあるし__ただ」
そこで一度言葉を切った理由は知れている。桂が恐怖の色を隠せないように、銀八もまた愉悦の色を全く隠せていない。
否、隠そうともしていないのだろう。
「俺が辞めるときは桂くんのことちゃぁんと報告するよ?」
そう言って、とても綺麗に微笑む。こんなにも完全な微笑だというのに、そこに潜む悪意が桂には痛いほど突き刺さってくる。
「そりゃ桂くんは人望もあるし誰もなかなか信じないと思うけど…高杉絡むと話は変わるだろーねぇ」
悔しいことは、銀八の言うことに何も間違いがないということだった。今でさえ、教室内で誰も口を利いたことがないといっても過言ではない高杉と、
同郷のよしみで話しているだけでひそひそと何事か囁かれるほどである。
銀八の報告は疑われるどころか、桂と高杉が親しくしていた理由として納得されるだけだろう。
こんなところで、高杉と会話していた、そんな些細なことが足を引っ張るだなんて考えもつかなかった。
これが、甘さ、なのだろうか。
「_さて、叫んでいいよ」
初めて対面する本物の「悪」は、付け入る隙間さえ全くない。文字通り押さえ込まれて、身動きさえとれない。
桂の息はどんどん荒くなるが、叫ぶことはどうしてもできなかった。
ぎゅっと口を噤むと、銀八は桂を見下げながら口端を歪めた。
「いい子。頭のいい子は好きだよ」
先程よりもずっと紳士的に、銀八は桂のベルトを取りさらい、ジッパーを下げた。
ごつごつとした同じ男の手が、下着の上から桂に触れる。同時進行で薄い胸板に唇が触れる、化け物じみたその動きに身震いする。
それは徐々に移動していき、薄桃の胸の飾りにきつく吸い付いてきた。桂は喉元でひっ、と声を漏らす。
気味が悪かった。ひたすら施される不快感は今まで感じたこともないもので、こめかみを脂汗が伝うのを感じた。
きもちわるい。
その言葉が桂のありとあらゆる感情や思考を支配する。世界はずっと、停止している。凍り付いている。
銀八は執拗に胸を愛撫しながら、右手を下着の中に滑り込ませて直に桂自身の形状を確かめるようにして触れる。
「っぅ、」
不意に乳首に歯を立てられ、桂は大袈裟に細い身体を竦ませた。その反応に満足したのか、銀八が一旦顔を離して言う。
「知ってた?男も胸で感じんだよ」
ほら、と銀八が指にまとわりついた桂のものであろう白濁を桂の眼前に晒した。
こんなにも厭で厭で仕方がないのに、自分の身体は素直に、担任教師の愛撫に悦んで蜜を垂らしている。
羞恥からだろうか、それとも悔恨からだろうか。頭が真っ白になって涙が急激に溢れて、視界がぐらりと滲んだ。
激情に駆られて涙を流すなんて、初めての経験だった。
「痛いけど我慢してね」
桂の涙を無視して、銀八は一気に下着と制服のズボンを引き下げた。衣類が上履きに引っかかるのを無造作に外し、
銀八は足を開くように桂に指示する。
「もうちょい開こっか」
その言葉遣いは優しく穏やかであるのに、逡巡する桂の震える足を開く力は冷酷そのものだった。
骨の軋む音に伴って鋭い痛みが走る。
しかし次の瞬間に感じる痛みは、喩えようもないものであった。
「い…っ!」
銀八の太い指が、桂の後孔を押し広げて内部に侵入する。ひどい異物感と裂かれるような痛みに、桂は本能的に抵抗した。
腰が引けたが直ぐに抑えつけられ、指が直腸に押し入っていく。
「うぐぁあっ、ひ、ッい、いたいぃっ」
「だーから言ったじゃん、痛いって」
暴れる桂を怪力で抑止しながらも、銀八は指を根元まで押しこんで、中を掻き回し始めた。
想像を絶する痛みに、桂は堪らず涙を零して叫ぶ。
「いや、いやだぁあッ、やめろ、やめ…ッ」
「そんなに叫ぶと聞こえるよ?ヅラくん」
「ッぐぁ、は、ッヅラじゃな…んぐ、ハァ…っ」
激痛。狂いそうな感覚に桂はいよいよ慟哭し始める。悔しさと憎悪と恐怖、それらが折り重なって桂を襲う。頭に血が昇る。
それでも手の甲を噛んで上がる悲鳴を押しこんだ。
助けて欲しい、だけど助けた後も助けてくれるのか?
耐えろ、耐えればいい。耐えることなら今までだって何度もやってきた。できる。
是を乗り切れば全部終わるんだ。半ば暗示を掛けるようにして、噛力を強めた。
鉄の味が舌先にちらついた。
体内の指はいつのまにか3本に増えていたようだった。指をばらばらに動かして中を解しながら銀八は桂自身を扱く。
ぐちゅぐちゅと淫猥な音が狭く蒸し暑い室内に反響している。
途端銀八が総ての動きを止め、一気に痛みやら不快感やらの感覚の波は引いた。
余韻がじくじくとあちこちに残留し、どこもかしこも熱い。
そして先程も耳にした、金属音とファスナーの下げられる音。
「っは、…」
力無く横たわる桂の弛緩した両脚を、銀八は無遠慮に掴んで、両の足首を肩に乗せた。
再び桂に覆い被さり、今度は耳元でぽそりと囁く。
「次はもうちょい痛いよ」
言うが早いか、銀八は自身の先端を存分に解した桂の後孔に宛った。
「っいあ…厭だ、厭だ厭だ厭だ!!」
意図を察した桂は思い切り首を振り懇願する。長い髪が汚い床をなぞる。
しかし銀八は容赦なく、ずぶりと音を立てて自身を埋めた。
「あああァあぁ!!い、痛、痛いィぃっ…ぐっァ、いやだぁ…!」
「流石にきっつ…入るかなこれ」
質量を増した銀八の雄の象徴がぐいぐいと桂の内部に入り込む。不可能だ、と桂は心中で叫んだ。そんなもの、入るわけがない。
是以上進まれたらいよいよ気が狂ってしまうんじゃないだろうか、と桂は思った。
いっそ狂った方が楽なのだろうか、とも。
「動く、よ」
その言葉を合図に、腰が揺さぶられて断続的な鈍痛が脳天を駆け巡った。
「や、いや、いやだ……うぁァ…っ!」
涙で掠れて声も出ない。覆い被さる銀八の白衣と自身の無惨に引きちぎられたカッターシャツが擦れる音と、荒い息づかいだけが
聴覚を犯す。早く終われ、早く終われ、と一心に桂は唱え続けた。
「ぐ、ぅ、んぅっ、い、いた、たすけ…っは、ァっ」
桂のプライドも仮面もかなぐり捨てた渾身の哀願とは裏腹に、律動は速まっていく。
銀八は萎えた桂自身を握り込んで射精を促し始めたが、何よりも痛みが全器官を支配して殆ど無感覚であった。
それでも痛みに混じり射精感が控えめに押し寄せ始める。
不埒なその感覚を抑止したい気持ちもあれど、そんな余裕はどこにも残されてはいなかった。
ぐい、と銀八は自身を引き抜き、桂の腹に穢れた欲望の種を吐き出した。熱い粘度のある其れは自分自身触ったこともあるものなのに、
今は非道く気味が悪い。
その少し後に、不本意極まりない吐精を桂も銀八の無骨な手の中で行った。
強大な腕力から解放されてだらりと床に崩れた折れそうな桂の脚に、銀八は口づけて最後にこう言い放った。
「ヨかったよ、ヅラくん。また、よろしくね」
湯気で曇った鏡を手で拭うと、其処にはめちゃくちゃに傷つけられたぼろ雑巾のような自分の姿が映し出されていた。
あちこちに残る行為の痕跡が、あの地獄は現であるのだと謳っている。
そしてこの先の運命をも、占っているような気がした。
「____ぐっ…」
唐突に強烈な吐き気に襲われ、桂はシャワーに打たれるままその場に頽れて、胃の中のものを全部吐いた。吐きながら涙が滲むのを認めた。
胃液まで浴室の床にぶちまけてから、今度は込み上げてくる嗚咽を排水溝に垂れ流した。
最後にあいつが言った、また、という言葉。
ああ、どうしてこんな。
泣き声は、シャワーの音に掻き消された。
ごめんね痛かったよね…次はもっと痛いよ
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