愛しているなんて死んでも言いたくないなんてことぐらいは分かっている。
だけどそれならばせめて、体現してほしいと思う。
たゆたう日常のその中で、不意に女々しい感情が起きたって何ら不思議なことではないだろう。
俺はお前のために女が与える快楽を生産しているのだから。
俺にはよく分からないが愛憎は紙一重だというのはあながち外れていないのかもしれない。
胸中から沸き起こるどす黒い血の塊のような色をした感情の液体は果たして恨み辛みなのか。
だけどたまに、ごく平凡に三人と一匹で暮らすお前を見ていると吐きそうになることがある、ごくたまに。
生きていくことは何とやりづらい。いっそのこと何か事件にでも巻き込まれて身を滅ぼしてしまえればそれはそれで楽なのかもしれない。
どうしてお前と未だずるずると一緒にいるのかよくわからない。
惰性と呼ぶべきなのか、それは断ち切って然るべきものなのかどうか。
混沌とした頭で、俺も俺自身の日常と世界と現実を上手くやり繰りしている。
だけどこんな雨のひどい日はお前の住み処に向かう己の足さえ憎いのだ、俺とて人間なのだから、躁鬱があってもいいだろう。
足袋に侵入してくる泥水と、追い返す言葉を投げつけるであろうお前の癖のあるすぐ未来の声とが、婉曲して立ちふさがって禍々しく。
まるで取り憑かれたみたいに足繁くどうして彼の家に向かうのか。
俺がいなくても一片の寂寞さえ見受けられないお前なんかの家に、義務のように毎日向かうのは俺が弱く寂しがり屋だからなのか?
それとも過去の呪縛が真綿のように首をぎりぎり締め付けて、俺のこの肉体を操作しているのか?嗚呼雨の音。五月蠅くてたまらない。
会いに来て話をして話を聞いて睦言をくれ、と本能に限りなく近い部分が止めどなく叫んでいるのを時折認めざるをえない。
俺が過去に、お前という存在に呪われているのならいっそこの胸をお前の手で刺して、俺の血飛沫を全身に浴びて一生呪われてしまえ。
何かを護るその剛健な腕に俺の血液が染み渡り風呂に入っても取れないで赤血球がこびりついて昔戦の度に浸透した敵と同志の其れのように。
お前に殺されたいと思う俺は気狂いか?刀身が肉を抉る感覚を想像することは易い。
呪ってやりたいほどに、俺はお前を欲しているんだ。気持ち悪い。
「こんにちはー銀時くんいますかー」
硝子戸が映す癖毛のシルエットが見える頃に、俺はもう先刻のおかしな妄想は忘れている。
だけど知っているんだ、子供らと戯れ茶菓子を与えて犬に頬ずりしていても、この感情はどこか奥深く、暴れ狂う機会を待っている。
*
必要だから傍にいてくれこの先一生、攘夷なんてもうどうでもいい銀時お前さえいてくれれば、そんな言葉は死んでも言いたくないことくらい分かってる。
お前は凛として強い、どこを削り取って凝視しても清廉潔白で俺ばかりが薄汚れていくような気がする。
どうしてもその聳え立つ精神の壁を越えられない、昔からいつまで経ってもそう。
雨音が屋根を弾く音がどうにも好きになれない。神楽が部屋で暴れているのを尻目に窓を見ながらきっと彼奴は今日もやってくるだろうと根拠もなく信じ込んでいる。
彼奴が訪ねてくる事実は信じ切っていても、彼奴のことが信じ切れない。
どう足掻いても肝心な場面で俺を必要としない、果たして彼奴の中で俺たちは続いているのだろうか?
風雨の所為で妙に疑心暗鬼になってしまうのは俺が結局のところ根本的に甘いからか。
どうして俺とお前は一個体ではないのだろう?こんなにも長い間一緒にいるのに、何もわからないんだよお前のことが。
こんな思いをしているのは理不尽にもきっと俺だけだから、たまに、そうこんな雨の日なんかはお前が心底憎くてたまらなくなる。
お前の太陽とやらがご立派な志とやらならば、豪雨で掻き消されてしまえばいいと切に願う。
だってもうこの世は変わらない、攘夷なんてやるだけ無駄なんだ、そんなことをしているお前はどうしようもない莫迦だ白痴だ。
気付けないのならば俺が、お前から全ての現実を奪い去って俺以外何も分からないようにしてやろうか。
手に目に触れる全てを俺という男だけにしてやろうか。
だけどそうしたところでお前の心は其処にないのだろう、それならば心を魂を虐殺してやりたい。
綺麗なものを壊して、ばらまいて棄てるのはどんな気分だろう。高潔なお前という男が俺だけの塵になるのだ。
見下して蔑んで救いの手を差し伸べてやる。日常を殺してやる。
だけど欲深く幼稚で浅はかな俺は、飽きたらずにいずれお前を殺すんだと思う。
お前を殺して俺の細胞に閉じ込めて保存して、二度と出られない籠の中に押し込めるんだ。
俺はお前を頭では忘れるだろう。全ての身体器官をお前に塗り替える代わりに、記憶は其れを抹消するだろう。
次に会ったら実行してしまうかもしれない、これが夜叉か。夜叉、と言う割には余りにも人間臭すぎる、鬼畜外道にも成り下がれなかったのだな俺は。
暢気な声が安い磨りガラスの外から響く。
神楽がばたばたと玄関に駆けていく足音が響く頃には、俺はそんな妄想を忘却して、いつものように体裁だけは帰れと言う。
「用もないのにこんなとこ来てんじゃねーよ!テロリストだろーがてめーはぁ!」
いつものように接していても、たぶん二人きりになって事に及んでも、こんな雨の日の妙な願望が埋め込まれていることを俺は忘れられない。
忘れないことで、俺は俺を維持しているのだ。
早く雨が止めばいい。悪魔が帰る。
な ん で こ う な っ た
でも気付いてください、こいつらただのバカップルです