学校という枠組みは時々、窮屈と相待った安寧さを若い二人にもたらす。
5限の坂本はサボり。
銀時がそう決めたものだから、桂もこうして屋上から雑駁な軒並みを眺めている。
秋口の風が冷気とグラウンドの喧噪を孕んで、白と黒の毛髪を撫ぜた。
二人の距離は遠い。といっても、フェンスの端と端だ。常の彼らの置く其れが、余りにも近いという所為もある。
ただ今は珍しく、お互いの世界は冷たい灰色のタイルで分け隔てられていた。
17にもなれば、自分と他人との距離の取り方ぐらい判る。彼らはどちらかというと、生きるという点で少しばかり自己に依存しすぎる傾向すらあった。
その価値観の類似が相容れない性分であって然る筈の少年同士を惹き付けた、そうして其処に一種の逆説が生まれたのだった。
とはいえ、あくまでも彼らの脳はふたつ存在する。思考や迷いを全て掌握できるわけもない。
だから桂は、今日の友人の微妙な変化の原因に午前中からずっと頭を抱えていた。
嗅ぎとれる哀愁のようなもの。桂の鼻が利くというわけではない。
相手が銀時だから、感知できるのだ。
普段からあまり感情を露わにしないのは、無表情を決め込む桂よりも銀時の方であった。
恐らく教室にいる人間の誰しもが其れに気づいてはいない。
話しかける勇気もなく、いつもは心地よい沈黙も怖ろしい怪物のようなものに今日は姿を変えていた。
銀時の紅い瞳は遠い空を掴まえている。寒がりなせいで、まだ9月なのにもうカーディガンを羽織っている。
購買で買ったいちご牛乳を啜る音が、白髪頭の友人の存在を浮かび上がらせた。
諦めて、近くで飛ぶ飛行機を眺めた。その轟音が鳴り終わったとき、銀時が桂を呼んだ。

「なーヅラ」
「ヅラじゃない桂だ」

常套句を、メチレンブルーの六角形の空を眺めながら返すと、がしゃがしゃという振動と共に金網が揺れた。銀時がよじ昇っていた所為だった。


「何してるんだ」


半ば呆れて尋ねても聞こえていないのか猿のような身のこなしであっという間にむこうがわへ行って仕舞う。
そっちは危ない。謂おうとしたのに、降り立ったその後ろ姿が寂しそうで、できなかった。そっちは危ないのに。


「もしさぁ、」
「なんだ」


六角形の金網越しに見る銀時の姿は、どうしてだかひどく朧気だった。消えてしまいそうだと桂は不安になった。
いなくなられたら自分は、生きてゆける気がしない。一度でも誰かと一緒だった人間は、二度と一人には戻れないのだ。


「俺がこっから飛び降りるってゆったら、一緒に飛んでくれる?」


振り向いた銀時の顔ときたらそれはそれは哀しそうで。そんな顔を見せるのは自分の前でだけだとわかってはいても、桂は涙が出そうになった。
刹那も逡巡することなく、桂は細い足首を六角形の鍵穴に載せて、あちらがわへと向かった。
幅5センチの境界線の天辺から見えたものは、平穏無事なタイルの世界と、一歩の間違いも許されないフェンスの向こうの世界。
正直、高いところは怖かった。銀時は幼子みたいに興味ありげに、垂れぎみの目を桂に向けている。
桂は柵の上に跨りながら、その視線を見据えた。自分より2センチ高い彼を、今は斜め上から見下げている。
銀時が鼻から抜けるような間抜けな笑みを漏らしたので、桂も冷笑に近い微笑みを投げた。
 降り立ったそのコンクリートはいやに脆く感ぜられた。風も強くなる。
銀時がだらしなく踏んだ上履きでわざとぺたぺた足音を立てながら近づいてくる。
その歩き方はペンギンっぽいぞ、と謂うと、ペンギン好きでしょ、と軽口を叩く。


「ペンギンじゃないステファンだ」
「どっちでも一緒だよ」
「それに俺はペンギンより銀時のほうが好きだ」
「俺もペンギンより小太郎が好き」


銀時のカーディガンに8割隠れた右手がすっと出される。桂は左手を出す。


「飛ぶ?」
「構わない」


手を繋いだまま飛んだら、浮きそうだとでもいわんばかりに世界の縁に上履きを乗せた。
見える地面は限りなく遠い。落ちればもう、戻れない。
銀時が一歩を踏み出す。桂も其れに倣う。彼らのとりあえずの生命を支えているのは土踏まずから踵まで、それとお互いの汗ばむ掌だけで、
つま先はもう何処にもいない。
飛び降りる準備は出来ていた。
 それでも彼らはそれ以上は進まなかった。「やっぱ怖いね」と銀時が笑って言うものだから。桂も「そうだな」と云って元の世界へと帰るのだ。


「こたろ、死なないでね。死んだら俺も死ななきゃなんなくなるから」
「こっちの科白だ、馬鹿」


繋ぐ手は熱かった。そこから生まれるのは紛れもなく「生」であって、死の闇は其処に介入しえない。
ふたりだから生きていられても、ふたりで一緒には死ねないのだ。
だってふたりは若いから、死ぬことも生きることも、ごちゃまぜにするなんて難しすぎる。


「坂本の次、何だっけ」
「確か、古典だろう」


フェンスを昇って元の世界へ戻ったとき、交わす言葉は知れている。哲学的なことは、若い内は考えるよりも実行したほうがずっといいものなのだというのは、
銀時の持論であったりする。

その残りの時間は、雲の数を数えて過ごした。



普段の銀桂では4W爺ぐらいでしかできないぐらい甘甘な銀桂学生パロ