桂の小隊がその報告を受けて疲れ切った足取りで現場へ向かったのは、もう宵の口に入ろうかというほどの頃であった。
初夏、日の入りが遅いおかげで未だ薄暗い程度であるが、命を削って戦いやあ今日も何とか生き残ったというこの状況で
追加の任というのは過酷すぎた。
故に、この場にいるのは比較的傷の浅い戦士と隊長ら上官を含めたった5名。
勿論、やむなく不参加という場合もある_死んだ人間はどうしたってそうなってしまう。
桂はというと、片腕に切り傷を負ってはいるが、一晩手当をして眠れば完治する程度の軽度のもので、
今此処にいる誰よりも無傷の状態に近かった。
現に、指定された現場への道程である坂道をざくざくと生命力に溢れた様子で登っている。

「____」

一行が小高い丘の頂上から見晴らした光景は海や野原なんかじゃなく、屍だった。
ただ、屍。異形をした夥しい死体たちが地面を限りなく埋め尽くして、まるでこれが世界の全貌のようだった。
あの屍の首は、腕は、脚は何処だろうと考えても一向に判別がつかない。幾重にも折り重なった屍は最早屍にすら成りきれておらず、
そう喩えて言うならば分子、このおぞましい世界を構築している分子のようだった。

「ひでぇ…」

桂の隣に居た仲間が思わず呟いた。
屍体など見飽きた者たちばかりだというのに、吐き気まで催している者もいる。
確かにこの臭いは、鼻がもげそうだと桂も血で汚れた袖で筋の通った鼻を覆った。
しかしまた、そこからも同じ臭いがした。

「まさか、これ全部あいつがやったっていうのか?」

今度は桂の背後にいた小柄な男が打ちひしがれたように言う。目の前に転がるのは恐らく殆どが敵の屍体であるというのに、
その声には絶望の色がはっきり浮かんでいた。

「…ありえんな」

隊長である大柄の髭男が低い声で呟く。桂は黙って、目の前の光景を食い入るように見つめていた。

「もし是をあれが_白夜叉がひとりでやってのけたのだとしたら」

隊長が身じろぎもせずに続ける。しかしその声音もまた、希望に満ちあふれたものではなかった。



「今まで死んでいった同志たちは一体、何のために死んだことになるんだ」



その一言で、誰も息をしなくなったようだった。



「捜索しましょう」



その沈黙を破ったのは桂の凛とした声であった。

「我々の任は白夜叉の捜索の筈です。早急に開始しましょう_彼は深手を負っているやもしれません」

そう言うと桂は腰に下げていた縄を解き、腰に結わって残りを適当な岩にくくりつけた。

「桂」

呆れたように言う隊長の声音から、桂は半ば彼が諦めている、というよりはこんな神でもなければ出来るはずもないような
殺戮をやってのけた化け物のような味方を脅威に感じ、できれば死んでいてほしいと思っているのだと
いうことまでを汲み取ってしまった。

「俺は絶対にあれを探し出します」

桂は比較的緩やかな傾斜の岸壁に脚を掛けながら、確固とした声で言った。

「絶対に、連れて帰る」

あいつは俺の仲間だ。
幼馴染みで、同じ志を持つ有能な戦士だ。俺が追いかけている背中で、憧れで、友達なんだ。

戸惑っている残りの腑抜け共を一瞥し、桂はただ白夜叉ではなく坂田銀時という人間に意識を向け、丘を下った。































桂が旧友の白い姿をその妙に濁りのない視界に捉えたのは、屍の山々からそう遠くない林の中だった。
何ということはない、不自然に続く血痕を辿っていく内自然と求めていた彼の元へ導かれたのである。


鬱蒼と茂る木々は銀時の姿を覆い隠すようにして風にざわざわと身体を揺さぶっていた。
薄暗い世界の中、血を浴びた白髪頭と同じ色の羽織の背だけがやけにくっきりと浮かんでいる。
彼はどうやら屈み込んでいるようで、一心不乱に右手だけを動かしている様子が近づく内にわかった。

「銀と…」

銀時の背後に立った桂が見たものは、もう動かない、いや動ける筈もない赤黒い大きな塊に 何度も何度も小刀を振り下ろすいっそ狂気でしかない旧友の姿だった。
ぐしゃり、ぐしゃりと水音のような落下音のような不気味な其の音だけが辺りに響いている。
先程あの地獄のような情景を目にしたばかりでそれなりに免疫のある筈の桂も、何とも言えぬ生臭い匂いも相俟って
流石に胃から込み上げてくるものがあった。

「銀時」

唾を呑み込んで桂は一際凛と鳴る声で今度こそちゃんと目の前の幼馴染みに呼びかけた。
しかし、彼は何も答えない。作業をただひたすら、呼吸のように続けているばかりである。

「銀時、そいつはもう死んでる」

そう付け加えると、銀時はようやっと右手を振り下ろすのを止めた。
そうしてゆっくりと、桂の方を振り返る。
もう何時間前に付着したのやら分からぬこびりついた茶色い血と、たった今彼の白い手が産みだしたであろう鮮やかな血が
顔中にべっとり貼り付いていて、表情など一片も汲み取ることができなかったが死んだ両の瞳だけはやけに目立っていた。

「知ってるよ、んなこと」

立ちつくす桂を見上げる銀時の姿にはどこか幼さが残っていて、逆に其れが残酷さを醸しだしていた。

「興味もねぇ」

この男は誰なんだろう、桂はそんな風に思わざるをえなかった。

知らない男だった。姿かたちは幼少の頃から学問に剣術に共に精を出した銀時そのものであるのだが、
それでも今目の前にいる血みどろの男は初見の者であるに違いなかった。
光の宿らぬ紅色の瞳は血に飢えた色。生気のない肌は陶器そのもの。

 
鬼?


桂の脳裏によく祖母や母に話して聞かされた昔話に登場する怪物の姿が浮かんだ。
風が一陣北東から吹き、世界が靡く。桂は旧友の姿を借りた鬼と暫時、対峙を図った。
見下ろす、見上げられる。容姿は見慣れた男の其れであるからだろうか、不思議なほど恐怖感はなかった。
寧ろ触れてみたいとさえ。
その純粋な衝動通り、噛み千切られること覚悟で桂はそろりと手を差し伸ばした。
そうしてその、柔らかな産毛の生えた白い肌にそっと触れた。ぞっとするほどに冷たかった、
矢張りそういうものなのだろうかと桂は思った。
 次の刹那に、鬼は姿を隠し代わりに銀時が戻ってきた。 角膜が涙に覆われ、眉がく、と潜められ、慟哭するのかと思ったが揺らいだ積み木を立て直すかのようにして
銀時はその表情を完璧に作り直した。

「…ぎんとき」

帰ろう?桂はそう囁いて、強張って動かない様子の銀時の掌を自身の両手でくるんだ。
温かみが戻ってきていた。桂はその手を躊躇うことなく真っ直ぐに、引いた。






































**

何が何だかよく理解できない儘に、銀時は永遠に続きそうな獣道をとりあえず歩んでいた。
目の前を自分の手を引いてずんずん歩くのは見知ったうざったい長髪である。
こんな汚い戦場で、どうしてそんな無駄に綺麗な髪をしているんだろうと今さらながらにそんなことを疑問に思った。

  全身が血を吸ってとても重い。
歩を進めても後ろから無数のつい先程此の手で奪った魂が自分を引き留めているようで、ちっとも前に行けた気がしなかった。
ただ桂が歩いている。だから自分もちゃんと歩けているのだろう。
足袋だけになった足の平に剛健な石ころを何度も感じながら確信した。

何でこんなことになったんだっけ、何で俺あんないっぱい殺しまくれたんだっけ、
記憶を辿ってみるが曖昧で頭痛が始まるだけであった。
どいつも何回刺しても起き上がってくるみてぇだったなぁ。
手に出来た無数の肉刺が堅い桂の指に触れて痛かった。

桂が自分に話しかけてきたとき、脳の半分ではああ迎えに来てくれたんだなご苦労なこって、と認識していたのに
もう半分では融通の利かない幼馴染みである筈の桂を敵だと見なして此奴も殺さなければなどと考えていた。
だけど桂が自分の頬に触れたときに心が震えてとても安心できた。
其れは不本意ながら、亡くしてしまった恩師に拾われた宵に覚えた感情と酷似していた。
振り返りもせず歩くこの優男とあの人は似ても似つかないというのに。銀時は蹌踉めきながらそう思った。
いや、此奴の髪長いからなぁ。そういや先生も長かった。

え、先生。前こいつ先生に憧れて髪伸ばしてるとか言ってなかったっけ?

そこまで考えて、銀時はぎくりと歩を止めた。勿論桂も、同じように足を止めざるを得なかった。

「どうした?」

初めて振り返った端正な桂の顔に、意味もなく泥を塗りたくってやりたくなった。
信じられない程の嫌悪感と憎悪が一瞬、銀時の咽を引っ掻いた。
どうしてだか分からないが、見慣れた筈の盟友の姿が悪魔か何かのように見えて、自分自身が立っている此の世界は
自分自身の居るべき世界ではないのだと悟ってしまったように思えてそうして視界が沸騰する。

「…何て顔してるんだ…」

そろりと伸ばされた細い指が滾った頬に触れるのを制止。嗚呼触れるところがとても熱い。
黒い眦が揺れている。慈愛か何かに満ちでもしているような穏やかで優しいその、瞳が煩わしい。
お前はいったい、俺の何のつもりなのだ?

「何、お前。すっごいムカつくんだけど」
「何だと?」

口調は喧嘩ごしでも瞳はまるで母親か何かのように優しい。
お前は俺を包括し許すつもりなのか?狂ってしまった可哀想な旧友を。
自分よりも精神的に弱かろう幼馴染みを、身寄りを亡くした孤独な俺を哀れもうというのか。
巫山戯るな!お前のイニシアチブなど認めたくない。お前になんか庇護されたくない「寄るな、触るな!」叫んでも桂は
至極心配そうな表情を作り、銀時、と名を呼ぶ。

お前は先生の代わりにでもなろうというのか。髪なぞ伸ばして何の真似だ。
お前は此の俺を擁護して宥めるつもりなんだろう。そうはいかない。お前なんかに俺の何が分かる?
腕力では敵わないくせに。お前は俺より弱いくせに!

桂が距離を少し、縮めたと認めた次の刹那に銀時は桂の細い身体の上に馬乗りになっていた。
目を白黒させる桂に抵抗の余地などないようだった。「銀時?」不思議そうに眉を顰めて尋ねるその顔は未だ冷静で優美で疎ましくて。
この男を踏みにじってやりたい。二度と俺をそんな瞳で見るな。俺という雄はお前より上の雄であるのだと
その身体にはっきりと刻印を押してやる。
無垢な桂の曇りない表情。其れは銀時が、たとい白夜叉と謳われようと本物の鬼なんかではなく、
数少なくなってしまった郷里の旧友である自分を喰うはずなどないという優越にも似た自信が根拠となっているから
産まれるものであるに相違ない。
白い鬼は桂の腰に差してあった、丁寧に手入れされた小刀を抜き去って彼の甲冑の紐を切り落とし、一糸の乱れも無い袴を力任せに破いた。
それでも桂は「銀時、何をするんだやめてくれ」と、震えもせずにあやすのだった。
其れを聞いた途端、此奴殺してやる、と白夜叉は心中で叫んだのだった。
こんなことしたくなどない。だから、此奴が本気で抵抗したら止めてやろう。
銀時は誓った。寝食は勿論寝小便や自慰行為まで共に行ったような気の置けない幼馴染みを無理矢理犯すなんてしたいわけがない。
絶対したくない。幾ら此奴が中性的な面立ちだからといって。それは今組み敷かれている桂も同じことだろう。


 だから、桂。さぁ泣きわめけ。お前は俺よりも弱いのだ。






































***

骨が音を立てて軋むほどに桂の露わになった脚を開いた。本当に細い。
それでも屈強な筋肉がちゃんと付いているのだ、とても信じられない。
何度も見たことのある友人の裸体。だが赤く色付いたこんな姿は知らない。
破かれた着物から覗いている不埒なその腹や胸や股間は、自分が強いた状況だからだろうか、不覚にも興奮する。

「やめ、や、厭だ…」

桂は着物を裂かれて友人が何をしようとしているのか悟ったらしく、ずっと行為をやめるよう懇願している。
だが、本気で抵抗すれば桂は苦労はしても逃げ出せてしまえる筈なのだ。
未だ此奴は俺より上位に立ったつもりでいるのだ、銀時は震えている桂の救いを求めるように差し出された手を払いのけた。
下半身を晒されても暴れもしないなんて、と銀時はあきれ果てた。
もしかして、流石に俺がこの先に進むことなんて有り得ないと思っているんだろうか。
そうだとしたら、随分甘く見られたものだ。
荒く息を吐きながら銀時は自ら膨張を促していたおかげでいきり立った男根の先端を、逃げ腰の桂の後孔に押しつけた。

「ひっ…ぁ、厭…だ!!銀、時ぃ、頼む…!」

もう遅い。かたかたと震え続ける桂の全身をそのまま壊す勢いで、銀時は一気に貫いた。
男と、しかも隅から隅までよく知っている相手とセックスするというのに自分でも驚くほど銀時は淡々としていて、
よく考えればもう二度と昨日までのよき友情は戻ってこないし、よく見れば桂は本気で嫌がっているというのに、
いよいよ貪欲に求める。
桂の恐怖と憎悪の浮かんだ表情を。整った顔つきが自分の施す仕打ちでみるみる歪んでいくのを。
ああ何だ、俺は桂のそんな表情が見たかったわけじゃなく、そんな表情に己の浅ましい欲を充たそうとしていたのだ。
だってこの顔、そそる。
俺は背中を預けた佳き戦友に、同志に、小さい頃から思い出を分かち合ってきた幼馴染みに、
思えば出逢ったその日から、忌み嫌われていた自分に偏見の欠片も持たず接してくれた友に、興奮している。
ああ、ぞくぞくする。背徳感も罪悪感も今はない、そんなものは後からで構わない。
だから腰を振る。犬のように一心に、ただ達するためだけに。

「う…っぅあああァア!重、っァ、んぅ、ひたい、いたいぃぃっ」

あ、ヤバい、凄いかもこの声。
腰を激しく動かしながら、銀時は女を抱いている感覚でそんな風に思った。
ついさっき無駄に綺麗だと思った髪が律動に合わせてばさばさと扇のように広がっていく。
けものみちのど真ん中、藪の中、理性を殺した鬼に喰われる桂の姿は今まで見た、感じたどんなものよりも官能的だった。
やっぱりこいつ、髪長くてよかった。だって、「お前イイわ、何か女みたい」がくがくと揺れるたびに桂の瞳から涙が落ちていく。
此奴でも泣くこととかあるんだ。あ、俺の所為?あは、ごめん。でも気持ちいい。ヤってみるもんだねぇ、何でも。

「も、ぬ、抜い、いや、も、いやぁだああぁ、ア、ぐっぁ」

ふと、気が付いたことがある。始めから桂は抵抗していたんじゃないか、と。
だけどあまりの恐怖に普段出している腕力の半分も出すことができなかったんじゃないだろうか。
だって今の桂には、怯えと絶望と苦痛がありありと浮かび上がっている。そうなら悪いことをした、それでももう、総て手遅れ。

さようなら昨日までの俺たち、もう二度と逢うことはない。俺の中の鬼が今までの総てをぶっ壊した。
だけど今の俺に、後悔はない。

銀時は桂の死に絶えた瞳の色を覗き込みながら、そう思って旧友の腹の中で果てた。


白い鬼が笑う声を聞いた。




















ギャーすいません!白夜叉さまに夢見てますすいません!
強姦ネタって萌えますよね...みんな萌えるって言っていたもの、信じていいよね...