道すがら
俺の世界の均衡は何処へ行った。何をしても何もない日が続いていくのはどうしてだ。
見知らぬ婆さんに拾われて宿を得て、万事屋なんてもんを開いて、俺はそれなりに生きている。
戦火に包まれた毎日などまるで嘘だったかのように、日々は凪の如く緩慢と流れていく。
よっぽどのことをしない限り生命が危険に晒されることはない。仕事さえすれば飯にもありつける。
それは何もかもを捨てた俺が得たもの。何もかもを生け贄にして得た幸福のための条件。
なのにどうしてか、寂しくてたまらない。
何を抱いても充たされない。
この孤独感を殺すため、金の許す限り女を買った。誰の顔も名前も喘ぎ声も腰使いも、覚えていない。ただみんな、黒くて長い髪をしていた。
毛先から胸の悪くなるような香りを漂わせていたが、それも思い出せない。
独り寝の夜に、前の晩買った女の姿を思い返して自慰をした。途中から、記憶の中の戦友のよがり声が耳に彎曲しはじめた。俺の名を掠れ声で呼ぶのが堪らなく好きだった。
あの男は俺が今まで見てきたどんなものよりも美しい貌をしていた。
彼奴の肌を思い出して、泣きながら自慰を続けた。首が絞められるように哀しくて、折れそうな夜だった。
男を買ってみようかとも考えた。俺が充たされないのは、俺の性癖がもう男色に染まってしまったからじゃないかと思ったのだ。寧ろそうであってほしいと願った。
身体の慰みなら如何様にしても手に入る。俺は救われる。その対象が男でも女でも。
併し俺が捨てたものでなければ充たされない、というのなら俺は生涯この檻からは出られない。
桂はもう、俺の世界の何処にもいないのだから。俺は桂に魂を抱かれていたのだから。
いくら金を積んでも、桂は手に入らない。
ひずみを感じる。せめて、生死さえ知れるなら。お前が俺の世界の、ほんの片隅にでも存在していてくれれば、俺は正常になれるのに。夜を怖るることもなくなるのに。
もう一度この長い旅の道すがら逢えるのなら、姿を見かけることができるのなら、夢を見続けていられる。この肉片と化した身体をも切り裂けよう。
鬼の子と呼ばれた俺を愛して呉れた、お前の存在が俺の脳と人生を支配する。この先もずっと支配する。この世の全ては桂、お前の面影だ。
もう一度、もう一度だけ。俺は貴方に逢いたいのです。逢いたくて気が狂いそうになるのです。
捨てた彼の人の残骸だけを貪る、また陽は昇れども寂寞の夜はいつまでも明けない。夜叉の嘆きは止むことを識らぬ。(願わくば、あの人の耳に届かんことを)
たまにこういうしっちゃかめっちゃかな文章書きたくなるんです
私はこれを坂田病と呼んでいます