銀時が担いできたそのでかい塊は、見たこともない妙ちきりんな形をしていた。
黒い大きな輪が前と後ろとについていて、カマキリのようなかたちの手摺りがく
っついており、小さな肘置きのようなものが中央に備わっている。ぜんたい何の
ために使うのか、桂には全く見当もつかずとりあえず黒目がちな瞳をぱちくりさせた。
「これ何だと思う」銀時が土のこびり付いたにたにた顔でそう問うてくるので桂は真剣に
考察を始めた。他藩が開発した脱穀機か何かだろうか?
手で回す部分もあるようだし。どちらにしろ農具であることは自信がある。
わからないけど農具だろう、と言うと銀時は「ぶっぶー」と口を尖らせて言った。
「これ、じてんしゃっていうんだぜ。乗り物」乗り物。どう見てもそう思えない。
しかし銀時はバネのような足をひょいと上げてその奇怪な乗り物に跨った。そして、
おぼつかない操縦でよろよろと前進を始める。今にも転びそうだったがどうしてだ
か転ばない。次第にバランスが取れてきたのか、ふたつの黒い輪っかは何の支えもな
しに銀時の体を乗せて舗装された土手道をくるくると進んでいった。
「すごい!」
桂は銀時の白い着物が小さくなった頃に、瞳をきらきらさせてそう叫んだ。
暫く進んだ後、銀時は一旦そのじてんしゃというやつから降りてくるりと方向転換を
し、桂の方へ向かって再び走ってきた。
「どうやって乗ってるんだ!?何で転ばないんだ!?」
銀時が目の前まで来て停車するやいなや、桂は好奇心でいっぱいの表情で銀時と
自転車の周りをぐるぐる回り始めた。
「それはな、俺が特殊な訓練を受けたからだ。こいつには選ばれた人間しか乗れ
ない」
そう得意げに話す銀時を、桂は純粋にすごい、かっこいいと思った。普段なら負
けず嫌いな性分が邪魔して絶対にそんな素直な勘定は生まれないのだが、未知の
乗り物を目の前で乗りこなされてはたまらない。
「すごいぞ、銀時!」
「だろ?あ、特別に後ろに乗せてやってもいいぜ。ただしあとで団子3串な」
「本当か!わかった、とき屋の三色団子でいいか?」
「交渉成立だな」
言うと銀時は懐から六角形の木片を取り出し、ごそごそと後ろに器用に取り付けた。
どうやらそれが足場になるようだ。
銀時がまず跨って、乗り心地を確かめるように前後に自転車を動かしてから、
いいぞ乗れ、と言ったので桂はそれに従った。
足場は結構な強度で、落ちる心配はなさそうだ。ただ、少し桂の足のひらを支え
るには小さかった。草履が脱げ落ちそうだったが、桂はそんなことはあまり気にして
いなかった。
「肩につかまっとけよ」
その言葉通り桂は銀時の自分のそれより幾分がっしりとした肩にしかと掴まった
。それとほぼ同時に、銀時は勢いよく地を蹴り、真っ直ぐな道へ駆けだした。
 今まで味わったことのない粗野な疾走感に、桂は目を白黒させながらも言いよ
うのない爽快感に身を包まれていた。白い頭と掴まる肩は自転車に合わせて上下に
規律よく動く。足が少しだけ痛かったが、どうでもよかった。桂は愉しくて愉しくて、
「すごい!すごいぞ銀時!たのしい!これたのしいわ!」などと大声で叫んだ。それ
に対して「おまえうっせーよ!」と息を切らしながら同じぐらいの音量で銀時が応える。
風は聞いたこともない音を立てて、視界に見慣れたはずの世界が全然違う姿でび
ゅんびゅん入り込んでくる。こんな世界があったのか、何もかも今までとは違う。
何て、美しい世界なんだろう。桂はそんなことを風の中で思った。
 「おわあああ!」銀時がそんな奇声を上げた途端、ぐらりと視界が揺れて身体
が左に倒れた。そしてそのまま、二人と一台は土手の坂を転げ落ちた。
「いってぇえええ!!」「貴様、何が選ばれた人間だ!アホ!」
何回転もして着地したその先は、土手の下の川縁。二人とも顔や手足のそこら中
に擦り傷を負っていた。自転車はというと、_部品という部品が取れて原型もよくわ
からなくなっていた。
「あーあ、俺の愛車がぁ」
「貴様のせいで怪我したではないか!どうしてくれるんだ!」
「なんだとぉ!?女みたいなこと言ってんじゃねぇぞこのヅラがぁ!」
「ヅラじゃない桂だぁあああぁ!!」
そう叫ぶと桂は銀時に掴みかかった。「やんのかゴルァ!悔しかったらそのヅラ
取ってみろ!」「うっさい天パ!貴様こそいっそ坊主にでもしたらどうだ、賤しい頭
をしよって!」揉み合っている内に、再び身体のバランスがぐらりと崩れた。二人は
そのまま川へ勢いよく倒れ込んだ。
ひとしきり喧嘩をし終えた後、何事もなかったかのように二人は家路につき、そ
れぞれ怪我をしたことと着物をボロボロにしたことでこってりしぼられてしまった。






そうやって終わった、二人の最後の日々。

11〜12才ぐらいの設定
何かもの悲しい感じにしようとして失敗した