桜の樹の下には、屍体が埋まっている。そう云ったのは誰だっけ。
「矢張り江戸には桜だな」
あ、こいつだったっけ。
こんなノリで、随分昔にそんな無粋なことを言っていたような気がする。
隣に正座している黒髪のうざったいロン毛、女だったら眉目秀麗色白美人ではっきり言って銀さんの超タイプな容姿をしたしかし男の、
あくまでも男の幼馴染みは空を覆うようにして咲いている桜をぼんやりと眺めながらぽつり、呟く。
「見事だ」
俺は又きつめの酒を咽に流し込む。少しだけ、酔いが回ってきた。
「桜の樹の下って」
ほろ酔い気分に背中を押されるまま、俺は思想をまるごと口に出してみることにした。
目線は桂と同じ方向に向けた儘。
「屍体が埋まっている、んだって」
考えれば考える程風情のない話だ。こんなにも華やかで綺麗なもんにそんな縁起でもねぇもん結びつけるなんざ、
少なくとも言い出した輩は江戸の人間ではないね。
「そうらしいな」
桂は猪口にはあまり手を付けていない。その所為で花弁が透明な酒にぷっかり浮かんでいる。それはそれでまた、乙でないこともない。
「気分悪い話じゃねぇか、酒が不味くならぁ」
「というかお前、それ昔も言ってたぞ。桜の樹の下に屍体が埋まっていることなぞ周知の事実だ、というか常識だ。
俺を馬鹿にしているのなら来年この場に白い桜を咲かすぞ貴様」
「うっせー咲かせれるもんなら咲かせてみ…ってアレ、お前」
…うっそ、此奴マジで信じてる?桜の樹の下には洩れなく屍体付きだって思ってる?
いやいやいや!んなわけねぇからあったら困るからあったら花見なんて二度と…
いや、別に怖いとかそういうんじゃねぇよないけどもね、ていうか俺そんなこと前にも言ってたの?
「何だ、貴様が俺に教えたではないか。そして実際そうだった」
「…は?」
桂の方をやっと振り返ると、少し頬を上気させてきょとんとした表情で此方を見ていた。
恐らく俺も同じような表情をしていることだろう。ざぁあと風に桜は揺れて涙をこぼすように薄桃色の花弁を、生命を散らす。
「昔共に戦ったあの場所には、いつも不気味なほど桜が咲いたろうよ」
一瞬、桂が幽霊に見えた。彼の言うその場所で、桂はもう何年も前に死んでしまったかのように思えてしまった。
桜は人を狂わすと云う。そう云ったのも此奴だった気がするが、或いは此の俺なのかも知れなかった。
否、その、所謂幽霊こそが俺自身ではあるまいか。酔っているからそんな風に感ずるのだろうか。
ああ、また風が吹く。舞って散る。この音を覚えている。
なんてこった、と思ったんだ。もう動かないダチを、さっき昼に握り飯がおかか入りだったから掻っ払ってやった、すばしっこいだけが取り柄だったそのダチ
を背負いながら丘をずるずると登っていた。終わりのない丘を登っていた。
そうしたら、「おい」桜が、咲いていたんだった。満開の桜並木が風に唸って囁いて、空など桜に喰われてとうに見えなかった。
嗚呼何て、綺麗。「おい銀時、」そうかもう、春。いつのまにか。屍を背負って俺はその桜のど真ん中に立ちつくした。
そうしてこう思ったんだ。ここを出ようと。戦争など、もうやめてしまおうと。「銀時!」
我に返ると、桂の顔がすぐ近くにあった。俺の顔を覗き込んで、不機嫌そうに眉を顰めていた。
「貴様、もう酔っぱらっておるな。ぽーっとしおってからに」
「酔っぱらってねーよ、こんな安酒で俺を酔わそうってか?もっといい酒持ってこいよ、党首さまよぉ」
文句があるなら飲むな、と言いながらも桂はするりと元の位置に収まった。相変わらず堅苦しいその正座は崩さない。
この男は、俺が一秒前何を考えていたかどうせ分かっているのだ。
「それにしてもお前は、昔から桜のよく見える所を探し当てるのが上手いな」
「んあ?昔?」
「お前が萩でよく入り浸っていた場所も桜が綺麗に咲いた」
萩の方が、ここより少し開花が早いのを覚えている。俺が萩に来た、あれは弥生のころだったに違いない。
「ああ、あっこ。あんまりお前が教えろってうっさいから渋々連れてってやったよな」
「人聞きの悪い。俺は貴様が教えたそうにしていたから仕方なく」
「頭悪いだろお前、絶対頭悪いだろ」
何が哀しくて桜の前で男と二人、酒のつまみに思い出話なんかしなきゃなんねぇんだ。
思い出したくもないことばっかだっていうのに。つまみにするには不味すぎるって話だ。だって俺達はいつだって、しんどいことばっか背負い込んで。
「銀時」
それでも桜の樹の下で見る此奴の靡く髪だけは、どうしても綺麗だと毎回思ってしまう。
俺と此奴は浄化など到底しきれないほど爛れた関係ではあるが、此処にいればどうしてだか清らかになれるような心持ちがする。
子供の時分を思い出すからだろうか。小さい頃はひとつに高い位置で結わっていた桂のしっぽのような髪束を引っ張りたい衝動に駆られた。
あの頃もこうして地べたに座って桜を見ていた。
「桜の樹の下でぐらい、素直になってみるか」
ああやっぱり、桜ってのは人を狂わすんだ。此奴は元々色んな波長が狂いまくってるけど。
「何それ、誘ってんの?」
聞くが早いか髪を引き寄せて、乾いた唇に口づけをした。
どうせ死ぬなら、桜の樹の下で腹上死して、そのまま白い花弁に真っ黒な幹を持つ桜にでも成れれば佳い。
そんなことを桂の太股を割りながら思った俺も、よっぽど風情がないらしかった。
梶井基次郎と坂口安吾の桜ネタをパクってみました
いったい何度目だ、このネタ