噎せ返るような暑い夏の午後、銀時は寂れた純喫茶の窓際の席で、人を待っていた。
今にも壊れそうなこげ茶色の木の椅子とテーブルも、濃すぎる珈琲の味も不機嫌そうな店主も、この店はあの頃と何も変わっていない。
昔と違って空調は相応に設置されているようだが、タイミング悪く故障中と来た。そのせいで、真夏のうだるような暑さとむっと籠る熱気と人いきれが、
更に銀時をあの頃へと回帰させた。
十年も経っていない昔の話だが、どうしてかあの頃の記憶は全て今のような暑さと共に封印されている。古びた扇風機が軋みながら鳴る音。
テーブルの上の下手な文字の落書き。くすんだ窓から入る、刺すような日光。どれもこれもあの頃と変わらない。
そして、今銀時が待つ男も、あの頃この店のこの席で待った男と、同じ人間だった。
カラン、とベルが鳴って、こちらへと向かう足音が響いた。銀時は戸に背を向けたまま、彼がやってきたことを察知する。だけど自分からは振り向かない。それもあの頃と同じ。
「久しいな、銀時」
「…おー」
数年ぶりに会った桂は、少し痩せた以外何も変わっていなかった。うっとうしい長い黒髪も、流行に無頓着なファッションもそのままだった。
「そのシャツ、大学ん時のじゃね?まだ着てんの」
「ああ、長持ちしているだろう。着やすくてな、重宝しておるのだ」
桂は自慢げにそんなことを言ったが、とうに流行遅れの型であることは誰の目にも明らかだった。とは言え銀時自身も、Tシャツにジーンズという井出達であり、流行りのものを身につけているわけではない。お互いに見た目はそんなに変わっていなかった。しかし、あの頃とは決定的に違うものが、二人の間にはいくつもあった。
「お前の白髪頭は目立っていい。数年来の待ち合わせでも探さなくてすむ」
「そっちこそ、人のこと言えねーロン毛しやがって。いいおっさんがその髪はねーだろ」
「切ってもすぐに伸びるのだから、仕方あるまい。そうしょっちゅう切るのも面倒だ」
罵倒しつつも、銀時は桂の長い髪が気に入りだった。似合いもしないのに、みっともなくパーマやソバージュを当てたその辺の女の髪なんかに比べれば、男のものとは言え綺麗な長い髪だ。それはずっとずっと、途方もない昔から一貫している感情だった。桂の長い豊かな髪は、銀時の原風景として存在していた。大学時代は、よく髪をひとつに束ねて過ごしていた。夏になれば、見てるだけで暑苦しいから今年の夏こそ切れ、と冷やかすのが風物詩のようなものだった。
初めて桂が、その壮大な思想を銀時と仲間に説いた時も真夏で、その日も彼らは空き教室につまらない授業をサボって集まっていた。窓を開けていても、風ひとつ吹いてこず、蝉の声が煩かったことと、桂の長い髪の一筋が、うなじに汗で張り付いて妙に官能的だったことしか、最早銀時の記憶にはない。桂の言葉は政治家の演説よりも、すとんと腑に落ちるものであった。このままでは、また戦争になる。難しいことはよくわかっていなかったが、戦争を繰り返してはいけないといういっそ標語のようなその観念に反対する余地はなかった。何よりも、桂がここまで戦争を頑なに拒むのは、さる天人との戦争で大切な師を失ったからで、そして自分は誰よりもその師に近しい存在だった。だから、そんな自分が桂の言うことを理解しなかったり、桂のしようとしている運動に参加しなかったりするのは、いけないことだと思ったのだ。だから、銀時、お前はどうする、と聞かれた時に、うん、とだけ答えた。
「それに、俺が髪を切るのは相当な理由がある時だけだ」
ぼんやりと過去のことを考えていたせいで、会話が途切れたことに銀時は気付いていなかった。だから桂が放ったその言葉を、すぐには噛み砕けなかった。間を置いて、銀時はひとつだけ思いついた「桂が髪を切るのに相当な理由」を投げかけてみた。
「…調印式とか?」
「はは、そうだ。懐かしいな、あれからもう7年も経つ」
桂は学生時代から、いやそれよりもずっと前から髪が長かったが、一度ばっさりと切ったことがあった。それは銀時にとっては最後のデモの前夜のことだった。 あの夜、桂は集まった仲間に再度、明日のデモの重要さを明朗な口調で説いた。天人の玄関口となる、あの頃はそんな風になるとは露ほども思わなかったのに、今やすっかり世界的名所となってしまったターミナルの設置が、これまでの再三のデモ活動を無視して半ば強行採決され、こうなれば建設作業を物理的に中断させるしかないと桂を含む学連らは判断した。公式に調印が結ばれ、建設が始まる前夜に、若者の漲り切った興奮は張り詰め、それは常は穏やかである桂でさえ同じだった。 その頃には、桂は膨れ上がった大学内の学生集団のトップに立つ者として、名を馳せていた。しかし、頂点であるということは、同時に様々な軋轢に苛まれる運命にあるということで、この時の桂は尖っていた。横にもっと過激な集団がいたせいで、それでも桂は世間的には穏健な思想の持ち主だとされていたが、ずっと近くで桂を見て来た銀時は桂がいつになく剣呑であることを知っていた。そして感情が昂ぶったのか、決起の表れとして断髪式を執り行ったのだ。桂に倣い、彼に憧れて髪を伸ばしていた者も次々にその場で断髪した。雄叫びを上げながら髪をざくざくとそのへんにある鋏で散切りにしていく野郎共の姿は、異様そのものだった。銀時は憮然として一連の流れを見ていた。この時にはまだ、運動をやめるとは決めていなかった筈だが、今から思えば多分、既に潮時であることは感じ取っていたのだろう。
「銀時。今どうしてるんだ」
桂はいつの間にか注文していたらしいアイスコーヒーを一口啜ってから、再会の場に最もふさわしい話題を切り出した。ミルクと砂糖を恐ろしいほど投入する銀時と違い、桂はブラックで珈琲を飲む。嗜好まではこの7年で変わってはいなかったようで、銀時は少し安堵した。
「俺?…あー、まあ、所謂なんでも屋ってやつかな。かぶき町で事務所兼家持って、犬の散歩だとか屋根の修理だとか、人探しとか…そういうこと」
「そうか、お前らしいな。一人でか?」
「あー、…いや、助手が一人。…それと、天人のガキが一人」
銀時は、最後の一言を付け加えた後そっと桂の様子を窺い見た。 かつての憎むべき敵であった天人という存在を、仲間として受け入れている自分を、桂はどう思うか試したのだ。激昂するか、呆れるか、それとも受け入れるのか。ところが桂は眉ひとつ動かさず、「そうか」とだけ言って、また一口濃いアイスコーヒーを啜った。この珈琲の苦さも変わっておらんな、と銀時に微笑まで向けた。その笑顔は何だか嬉しそうにさえ見えて、銀時は当惑した。天人の少女と暮らしていることをどう思ったのか、またそれが桂の中の銀時という人間に対しての評価にどう影響したのか、知りたいと思ったことのどれもが、微塵もわからずに終わった。
銀時がうまく言葉を返せずにいる内に、ぷつんとテレビの電源が入る音がして、自分たちの声以外の音声が空間に入り込んだ。午後のニュースが丁度始まったところだった。トップニュースは、今日も変わらない。かつて仲間であった男が率いる、テロリスト集団の関連情報だった。キャスターが読み上げる原稿の文章を聞きながら、銀時は江戸に戻ってからずっと気にかかっていたことを桂に問うた。
「_____お前、あいつとは、…まだ連絡取ったりとか、してんの?」
「…いや。どこにおるのかも知らん」
桂の端正な顔に、少しの翳りが見えた。かつては確かに仲間であり、幼馴染であり、同じ師に学び、また同じ師を失った男。
「始まりは同じだったのに、どこで違ってしまったのだろうな」
桂は哀しげに唇だけで笑った。今では国内最大のテロリスト集団を束ねる、憎まれるべき公敵である男もまた、当初は桂の思想に賛同していた、と恐らく桂自身は思っている。しかし、銀時は知っていた。あの男__高杉晋助は、始めから桂とはまるで違う考えの下に、運動を行っていたことを。
「俺は別に、戦争反対なんて思っちゃいねえ。寧ろこんな国、とっとと滅ぼされちまえばいいと思ってる」と高杉は言った。師を特に敬愛していた高杉にとって、天人は勿論憎むべき相手であったが、それよりも彼は師を戦争に行かせた国そのものをより憎んでいた。戦争を未然に防ごうという信念に沿ったデモ活動を、体よくこの国を破壊する口実に使ったのだ。だからこそ、桂のやり方は生ぬるいなどと嘯きながら、同じような思想を持った他大学の河上と結んで、暴力による革命と称して過激な行動を取り始めた。その思想のズレが、学生間の抗争を招き寄せ、結果的にあの条約調印反対デモでぶつかり合う形となり、更に機動隊との衝突とも重なった。そして、あのデモで人が死ぬ惨事となってしまった。銀時たちの顔見知りにも、犠牲者が出た。
戦争に反対するのは、人殺しに反対することじゃないのか。では何故、ここで人が先に殺されなければならないのだろう。思えばあの時が、銀時が自分の頭で物を考えた最初だったのかもしれない。友が死んで思想が生まれた夜に、銀時は全てを打っ遣った。大学生という肩書も、それまでの生活も、今まで護り通してきた桂も、全部捨てて、ぷいと姿を消したのだった。そして、当てもなく長い間、色々なところを放浪した。 長い時を経て、銀時はこうして桂に再び会っている。最早、銀時には桂とは違う思想があり、桂ではない護るべき対象も、仕事も持ち合わせている。そしてこれが、一番正しい道であるということも、充分に理解できる。
「そうだ、坂本とはもう会ったか?」
「え?あの宇宙馬鹿、江戸にいんの?」
「あっちで貿易会社を興してな、基本的には向こうらしいが、年に数回江戸に来る。自分の会社の名も知れてきて忙しいだろうに、便りも俺宛てに律儀に寄こしてくるぞ。
何せ住所があるのは俺だけだからな」
そう言って桂は快活に笑った。音信不通だった自分への皮肉にも聞こえるが、恐らくそんな意味はないのだろう。我ながらうまいことを言った、と顔に書いてある。ハタ迷惑なぐらい空気を読まないところも、変わっていなかった。
さっきから、昔のままの桂を見つける度に自分が安堵していることに、何となく嫌気が差した。桂には、変わっていてほしかった筈なのに。 時代遅れな思想を捨てて、何なら普通の会社員か何かにでもなっていてほしかった。髪も切って、スーツ姿か何かで目の前に現れてほしかった。そうすれば、もう一度普通の市民同士、今時の政治思想のない若者同士で、関係が修復できるだろう。 でも桂はあまり変わっていない。平日の昼間に出てこれるのだから、サラリーマンではまずないだろう。よく日焼けしているし、きっとまだ、彼はしぶとくあの時のように、運動を続けているのだ。そして変わり映えのしない、あの頃のままの桂に安心している自分もいる。この矛盾は一体何だろう。
「…お前は、まだ続けてるんだろ?」
銀時が切りだすと、桂は「ああ」と予想通りの答えを返した。しかし、その後桂が付け加えた説明は、予想とは少し違うものだった。
「あれから大学院に進んでな。今は研究室で助手をしている」
「へえ、政治学の?」
「ああ、一言で言うとそうだ。天人と人間が、いかにして対等な立場でこの先やっていけるのかを見出したくてな」
桂の口から、天人との友好関係が語られるとは思ってもみなかった。驚いた様子をしている銀時に、「意外そうだな」と桂は言い、更に意外な事実を語り始めた。
「…銀時。実は、お前が江戸に戻ったのを、本当はずっと以前から知っていたんだ」
「え、こないだばったり会った時より前からってこと?」
「ああ。それに、お前が眼鏡の少年と、天人の少女と仕事をし始めたことも知っていた」
「…何それ怖いんだけど」
「ふふ、俺の人脈を侮るなよ」
桂は、今度は妖しく笑んだ。なるほど、それならばさっきの薄い反応にも頷ける。知っていることをもう一度聞いただけのことなのだから。何だか言い淀んだ自分が無様だった。
「だからさっき、お前が正直に天人のことを話してくれて、嬉しかった」
「はあ…試したってわけか」
「そういうわけではないぞ。俺には言いづらいだろうから言わないだろうと思っていたしな」
桂はどこか勝ち誇った様子で、ずずっと音を立てて珈琲を啜った。礼儀にうるさい割にストローを啜る時音を立てる癖も治ってはいないようだった。
「…何とも思わなかったの、俺が天人と仕事してるって知っても」
「聞き及んだ時は、仕方ないことだとは言えこうも変わってしまったか、と寂しくもなったさ。また一人仲間を失ったような気分にさえなった。
…だが、お前は元々、あまり運動には向いていなかった。いや、前線で機動隊とやり合う分にはべらぼうに強かったがな。天人や人間といった区別なく、
気の合う仲間と過ごすことが、実はお前らしいことなのかもしれない、と思ったんだ」
それは最早、諦めにも似ていた。銀時は、何となく、桂にもう見限られているのだな、と感じた。
そして、変わっていてほしいと願う反面、また一緒にやらないかという誘いを期待していた自分にも気付かされた。自分は未だ、桂に必要とされたかったのだ。そう思うと、自分の女々しさに辟易した。
「時代は変わった。俺にも、天人の友人ができたんだ」
「へえ」
「それがとても愛い奴でな、江蓮という星のものなのだが、雪のように白くて愛らしい丸い目をしていて、どうも地球の言葉に慣れないようでプラカードでしか会話が
できんのだが、そこもまた可愛いだろう?今手元に写真がないのが残念だ」
江蓮人って、あのおっさんが白いペンギンの被り物してる種族だよな。まさかあれを本気で可愛い生物と思ってんのかこいつ、と銀時は思ったが、あえて何も言わなかった。サンタを信じる子供に、サンタは本当は親父なんだぜと伝えてはならないのが大人の義務であるように、嬉々として愛らしい友人の自慢をする桂にもまた奴の正体を教えるべきではないと考えたのだった。
「天人のダチができても、まだ天人排斥運動は続けてるってことなの」
銀時は、当然浮かんでくる疑問を素直に桂にぶつけた。矛盾点を突いて攻め立てたいわけではなく、桂は当然そんな答えなぞとうの昔に出しているのだろうと思ってのことだった。そして、それは当たっていた。
「昔のように、無暗に天人排斥を唱えてはいないさ。あちこちを流離ったお前の方がよくわかっていることだろうが、今のこの国はどこよりも力をつけ、急速に発展している。天人の文化をいち早く吸収できる環境と、それらを人間向きに改善できる技術があるからだ」
桂の瞳には、昔大勢の学生を前に演説をしていた頃のぎらぎらとした光はない。代わりに、海を輝かせる陽光のような、穏やかで慈悲深い光に満ちている。そしてそれは、桂の目の前にいるただ一人のためだけに向けられている。銀時はその光に見入った。
「今、恐らく日本国民は幸せだ。彼らの幸福は天人の文化と交流によってもたらされたものだ。ターミナル設置をきっかけに世界大戦が起こる、なんて信じていたが、そんな気配はない。俺たちはこの国の発展と平和と、人々の幸せを願って活動してきたのだから、それらはもう叶えられている。天人との共存によってな。だから、もうこの国から天人を追い出す理由はない」
「…そこまでわかってて、何で?」
銀時の質問は、桂にとっては相槌ぐらい容易に想像できたものらしく、桂は返答を考える余地もなく応えた。
「銀時、俺は思うんだ、俺たちは本当に平等だろうか、と。たぶん見えないだけで、そうは言えないことの方がまだまだ多い。そういうことに目を瞑って、利益のためにただ迎合しているだけでは、今は幸せでも、この先を__例えばある程度成長しきった後のことを考えると、この国にとってよくないことの方が多い。俺たちは国として、あくまでも平等に共存していかなければならん。抵抗し続ける勢力があることによって、俺たちは天人の飼い犬ではない、と示しをつけ続けていられる」
桂の瞳は確かに銀時を見ていたが、銀時は、自分は彼にまるで見られていないように感じた。 銀時を見ながら、桂はずっと遠く、広いところを見ている。国だったり、世界だったり、国民という単位で、物事を見ている。その中に銀時という存在も含まれているはずなのに、個人という単位で銀時を見ることを、桂はしてくれない。思えば昔からそうだった。桂は常に、果てしなく遠いところを見ていた。自分が見える範囲以上のものを見ていた。だからこそ彼は烏合の衆とも言えるむさ苦しく血気だけはあり余る馬鹿な学生共をまとめきれたのだし、歴史に爪痕を残すことにも成功したのだ。だが、銀時はそれに一抹の寂しさを感じ続けていた。桂が見るものは大きすぎて、隣にいる瑣末な存在である己に気付かない。しかし一寸の虫に五分の魂が宿るように、銀時自身にも小さいながら深い世界が広がっていた。銀時の想い、感情、精神。自分が何を想い、何を慕うのか。そんなことは確かに、国の動向や国民の幸せに比べればどうでもいいことかもしれない。だけど、国を憂うことと同じぐらい、一人の人間を想うことは難しいことだ。答えもなく、果てもない。銀時は桂に、国ではなく己を見てほしかったのだ。だけど国が恋敵なんて、遣る瀬無いことこの上ない。そしてここまで女々しい自分も、どうにも遣る瀬無い。
「…難しいことはよくわかんねーや」
銀時はどうにかそれだけを返した。銀時にも思考は生まれたが、桂と議論できるほど老成された代物ではない。桂はそれに対し満足そうに微笑んで、「お前らしいな」と言った。
「昔から難しいことはわからない、がお前の常套句だったな」
「はいはい、どーせ俺は頭悪いですよー」
「俺はお前のそういうところが好きだ。わからないことはわからないとはっきり言える明快さが。
いつでもお前はお前らしかった。そこが羨ましくもあり、憧れでもあった」
「…そりゃどうも」
憧れだなんて言葉、厄介なだけだ。そんなところを見てほしかったわけではない。そもそも、桂の言う俺らしい、とは何なのだろう。俺の基準は桂を護ることだけだったのに。ほらやっぱり、こいつには何も見えていない。銀時はそんなことを思った。
「難しいことはわからなくても、お前は俺についてきてくれたな。危ないことも多かったのに、文句は言いながらも必ず傍にいてくれた。お前には本当に感謝しているんだが、…どうして俺に協力してくれたのか、ずっとわからなかった。明快な男なのに、そこだけは不明確だった。今も、わからないままだ」
桂は曖昧に笑って見せた。テレビはワイドショーに切り替わっていて、最近人気のアイドルの私生活について言及していた。日差しが強くなって、桂の首に糸のような髪が張り付いていた。あの頃と同じ感覚が襲った。
「年月も経ったことだし、教えてくれないか。どうして、俺に協力して運動に参加したのか」
ほら、やっぱり。桂は何も見えていない。
銀時はひとつため息を吐いた。
「俺にもよくわかんねー」
銀時はへらっと笑ってそう答えるに止めた。
お前のためだよ、お前が好きだったから。ガキの頃からずっと。
そう言ったら桂はどんな顔をするだろう。
あの頃の色んなこと全て時効だとされるなら、未だ燻るこの感情さえも許されて、過去のことだと笑い飛ばされて、忘れられてしまうんだろうか。世間からも、こいつからも。
そんなんなら、一生言わない方がマシだ。
銀時は煙に巻かれて不服そうな桂を見ながら、甘ったるい冷めた珈琲を飲み干した。
あの頃と変わらない不味い珈琲が、あの頃と変わらない想いを腹の底へと押し込めていくようだった。