10
ひどい残暑がもたらす太陽光線が照りつける運動場。
Z組の見慣れた面々と、この体育の授業でしか顔を合わせないA組の生徒たちは既に準備体操を終え、
体育教師である松平の指示を待っていた。
「かぁつらぁ。何してやがった」
20分ほど遅れてやってきた桂を見つけた松平は、ドスの効いた声でそう怒鳴った。
「…すいません」
「あぁ?何だその格好。ジャージは11月まで禁止のはずだろうがぁ」
「…上の服、忘れてしまって」
気候に合わず、桂は冬用のジャージを身に纏っていた。
勿論、灼熱のような暑さに汗が止まらない。
更にそれに例の腹痛が伴い、眩暈がして朦朧とした。
桂は遅刻と規則違反で、校庭10周を言い渡された。
だが、ジャージを脱いでというわけにはいかない。
上半身裸で走る方がよっぽど楽ではあるだろうが、けしてそれはできなかった。
桂がジャージを脱げないのには当然理由がある。
そして例によって、銀八がその元凶であった。
昼休みのことである。銀八は珍しく校内放送で桂を呼び出した。
当然体操着に着替えていた桂は、その姿のまま国語準備室に向かった。
夏休みが明けてから銀八と学内で会うのは今日が初めてだった。
夏の間も、桂は銀八に何度か呼び出されていた。
だが銀八は顧問である剣道部がインターハイに出場するということもあり多忙を窮めていたようで、
数える程度しか会っておらず、会う場所も車の中が殆どだった。
そのおかげで、桂は予想よりも遙かに穏やかな夏を送ることができた。
しかしその報いというのは必ず訪れる。それがまさにこの現状であった。
「…次体育だっけ」
準備室にやってきた桂を見て、銀八は一言物珍しそうにそう言った。
桂は頷いた。夏の間にすっかり元の長さに戻った髪はひとつに結われ、頷くと尻尾のように跳ねる。
銀八は妖しく笑んで、桂に「おいで」と告げた。
そして言われた通りに動いた桂を、有無を言わさず床に押し倒し、激しい口づけを施した。
びくりと跳ねる桂の身体を体操着の上からなぞり、シャツに手を入れ薄い胸板にいやらしく触れる。
空いた手で股間を薄い綿パンの上からまさぐる。
円を描くようにして、形状を確かめるようにして、ねちっこく愛撫を続ける。
びりびりと桂のこめかみに電気が走る。
「…ふッ…んん…」
銀八は桂の色づいた声にふ、と笑って、細い首筋にきつく吸い付いた。
髪をまとめた所為であまり陽に晒されない首もとが露わになっている。そこに銀八は執拗にキスをした。
痛いほどに、何カ所にも吸い付かれる。桂はふと、痕が残るのではないかということに気がついた。
そしてそれは銀八が仕組んでいることである、とも。
「…ッやぁ…っせんせ…それやだぁ…ッ!」
「…ん−?どれ?ああ、直に触ってほしいの?」
「ちがっ…やっ、あ…、ぁと、つけな…で…ッんぅ…!」
布越しに撫ぜまわされ、桂は完全に勃起していた。
銀八はそこには敢えて触れず、あくまで衣服の上から今度は睾丸を掴んで刺激を加えた。
びくんと腰が反り、無意識にその快感から逃げようとする桂を、銀八は押さえつけて制止した。
その間にも首筋に痕を残すことは忘れられておらず、銀八の唇の余韻で肌が焦げ付くような感覚に桂は震えた。
圧倒的な快楽の隙間から、どうしようもない懸念ばかりがこぼれ落ちる。
どんな有様になっているのかはわからないが、きっと人目にはとても曝せないだろう。
尤も、自分自身が誰かにそのようなことをした経験はないので分かりかねるのだが。
「せんせ…ッつぎ、たいぃくなんです…っだから…ァッ」
「だろうね」
器用な手つきで、先走りの汁で少し濡れたズボンが脱がされる。
脱がされながら首筋から耳たぶに掛けて、生ぬるい舌が一気に這う。頭がくらりと揺れる。
かと思うと、狭い尻の穴に銀八の先端が宛がわれた。
「ま…って、せんせ、まだ…!」
「何で。次体育なんでしょ?時間ないから早く済ましたげる」
「まっ、まって、ま…ッひぅ、んやあ…ぁッ!!」
桂の精一杯の抗議を無視して、銀八はずぶりと自身を桂の体内に埋めた。
鋭痛が走り、思わず悲鳴のような声が上がる。
しかし無遠慮に動く銀八を押しとどめることは敵わず、桂は為されるがままに快楽の淵へと追いやられる。
「いんッ、あ、あぁあッ、やぁッ、アッ、ふああッ!」
「こーら、声落とせ。学校なんだから」
ぱんぱんと皮膚が重なり合う音と、水音。浴びせられるキスの音。時折遠くから聞こえる日常の音。
そして抑え方を忘れた自身の喘ぐ声。もう、先ほどの懸念など吹き飛んでしまった。
今ここにあるのは絶大なる快楽、それだけだった。総ての事象にエロスが纏わりつくような錯覚を桂は覚えた。
久しぶりのアブノーマルな状況だから、だろうか?だとしたらいつから自分はこんなにも淫乱になったのだろう。
「あ、あンぁ…ッ、っくぅ…ッ、はあ、は、ッ、あぁッ」
「…イイぞこたろ…」
「だめ…も、イく…っう…ふぁあ…ッ!」
「…中に出すぞ」
その時はただ頭が真っ白で、銀八の宣言も桂の脳内を綺麗に通り抜けていった。
抵抗することを思い出す前に、銀八は桂の中に精液を総て注ぎ込んだ。
熱い液体が腹を逆流していく。はあはあと荒く整わない呼吸。
ことの重大さに気付いたのは、銀八の男根が抜き去られた後のことだった。
トイレに駆け込む暇もなく、更衣室に置き忘れられていたジャージを掻っ払って桂は急いで運動場へ出た。
腹には銀八の行き場を失った遺伝子を孕んでいる。
そして予想以上の猛暑に、汗と眩暈が止まらない。
炎天下のもと場違いな冬物に身を包んだままでのランニングは、想像を絶する厳しさだった。
今何周目だ?それすら考えるのが億劫で、兎に角走った。
走り続けた。汗が、汗が止まらない。
喉が今までにないほど渇いている。苦しい、もう駄目だ。そう思った瞬間、膝から力が面白いように抜けた。
意識が遠のきかける。駄目だ、と必死で残った意識の断片にしがみつくが、立ち上がる力はない。
背中が太陽にあざ笑われるかのように焼かれていく。
諦めて瞳を閉じた、その直後だった。
「おい、桂!しっかりしろ!」
駆けつけ、桂を抱き起こしたのは風紀委員副長の土方だった。
此奴の手を借りるなんて、とプライドが顔を覗かせたが、体力的に一人ではどうしようもなかった。
「平気か」
何度か頬を叩かれ、ようやく桂はか細く頷いた。その内に他の生徒もわらわらと集まってくる。
松平が土方に、保健室に運び込むよう指示を出しているようだ。その声すらうまく聞き取れない。
土方は桂の肩を担ぎ、ほとんど引き摺るようにして桂を歩かせた。
他の者は松平に散れ散れ、と追い払われ、こちらを興味深げに振り返りながらも元いた位置に戻っていく。
「バカじゃねえのか、お前。そんなんなるまで無理しやがって」
「…バカじゃない桂だ…」
「うるせぇよ、もうしゃべんな」
自分が話しかけたくせに、と桂は心の中で悪態を吐いた。
腹の中で、白い液がごぽりと蠢くのを感じた。
後半は土方のターンです
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