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「あーあ」

土方が去った後の涼しい保健室で、銀八は無感動に感嘆した。


「見られちゃったねぇ」


その声音には棘があった。
それらの無数の先端が萎縮しきった桂の肌を刺し、そして貫通して体内にまで潜り込むのを
この弱い青年は莫迦に白いシーツの上で感じていた。
今までで最悪の事態だということは、靄がかった頭でも容易に判別がつく。
銀八はこれをどう見ているのか。少なくとも、いい気分はしていないだろう。

「…ごめんなさい…」

桂は消え入りそうな声で謝罪した。
よく考えればかような非常識な行為をしでかしたのは銀八で、桂に非はないのだが、
絶対的なヒエラルキーに基づいて桂は殆ど本能的に自らに一切の責任を課した。


「どうするつもり?万が一、気付かれてたら」

「……ごめんなさい……」

「ごめんなさいじゃないよ。聞いてるの、どうするつもりなのか」


銀八の声は怒気を含んでいるようには聞こえなかったが、それでも桂は暴力に怯えていた。
頭はおろか言葉をさえろくに機能させることができない。沈黙は恐怖だったが、舌が回らなかった。
とにもかくにも、桂の思考や感情はただ恐怖に支配されていた。

 押し黙る桂に飽き飽きしたのか、銀八は徐にくたびれた葡萄茶のネクタイを解いた。
それから桂の上あごをあくまで優しく掴んで視線を交わらせることを彼の大きな黒目に強いた。


「バレたら、困るのは俺だけじゃないよね?」


銀八は月に映える狼のような、険しくも狡猾で神妙な面持ちを浮かべていた。
こんな時なのに、桂の理性は銀八の顔を初めて端正だと思った。
彼の赤い瞳はただあかというよりはもっと深くて暗い色である。底なし樽に注ぎ込まれたワインのようだった。

「…まあ、いいや。あの様子じゃ気付いてないっぽいし」

そう言うと銀八はそのまま桂に口づけた。
そうして緩慢な動作で彼をベッドに押し倒し、あくまで自然に彼の細くしなやかな両の腕を頭上でネクタイで以て拘束した。
桂はその総てを受け入れた。受け入れることにした。


「ちゃんと謝れたから、今回は許してあげる」


銀八は桂の髪を耳にかけてから、耳元で吐息混じりに囁いた。
心なしか、「今回は」という言葉に力が籠もっていた気がした。

「大丈夫。土方のことは俺が何とかしてあげるから」

銀八がそう言って施す無数の口づけに、桂は否が応でも安堵した。
そして、土方にあらぬ救済を少しばかりでも感じてしまった事実を恨みさえした。

「ありがとう、ございます…先生」

桂は露わにされていく自身の肌と、心地よい程度の緊縛とを感じながら魔法のような気持ちで陶酔の世界に浸った。

静かな部屋に掠れたような音で響くシーツのこすれる音と、二人の人間の荒い息づかいに、
桂はいつもより余計に官能を得た気分になった。

「ふぁッ…」

知り抜かれている性感帯を順序よく辿られ、知れずに全身が、殊に腰を中心にびくびくと跳ねる。
頭がぼうっとして、いよいよ貪欲になっていく。
シーツに縋ろうとしても、腕は拘束されている所為で自由でない。
行き場を失って指はばたばたと動く。
未だ大量に残っている銀八の精液が、後孔を広がりやすくしている。
銀八は解すことを怠け、桂にキスを浴びせながらゆっくりと桂に押し入った。


「ん…ッッ!ぁ、せん…ッ」

「気持ちいい?」

「…きもちぃい…です…ッ」


恐らく恍惚とした表情を浮かべているのであろう桂に満足気に微笑み、銀八は腰の動きを早めながら体を起こした。


「じゃあ、これは?」


そう言って一層愉しげに嗤ったかと思うと、徐に桂の細い首に手が掛けられた。


ゆっくりと、始めは支えるように首に掛けられていた両手に力が込められる。
徐々に気道が狭められ、必然明らかな息苦しさが桂を襲う。


「…!?ぐ…っ」


酸素がみるみるうちに欠乏していく。
桂は恐怖に目を見開いた。
まさか、まさか。
その行為に連結する結果が脳裏に浮かび、桂は抵抗しようと身をよじった。
銀八は相変わらず微笑んだ儘である。
じたばたと足を動かすが、何も効果はなかった。体力が消耗されただけである。
厭だ、怖い!叫ぼうとしても声はとうに奪われている。
このまま、ひとつひとつ桂の息づいていた器官が銀八に剥ぎ取られていくのか?桂は必死に生の意識にしがみついた。

殆ど呼吸が出来なくなり、意識さえ薄らいできた頃に、するりと銀八は手を放した。

「がはっ…!ッげほ、う…ぇッ」

満潮のように押し寄せてきた酸素に桂は喘ぎ、それから何度も何度も大きく、大袈裟に息をした。
涙が生理的に零れた。


「突っ込んだまま首締めるとさ、すっげー締まるって言うじゃん。あれホントだね」


桂は咳をしながら銀八を睨んだ。何を、言ってるんだこの男は。だが悪態など何ひとつ吐けなかった。
憎悪よりも、生命を奪わずにいてくれたことの方が重要なことのように思えてしまう。
本能、というやつだろうか。


「俺に殺されるかと思った?」


銀八は、桂の喉仏を指でなぞりながらそんなことを問うた。
桂は震えながら、こくりと一度だけ頷いた。

「殺さないよ。小太郎のこと、大好きだもん。でもね」

その声は穏やかなのに、裏側に鬼を背負っている。桂はいっそ霊的な恐怖すら一緒くたに感じていた。
兎に角、怖かった。目の前の男が、この世のどんなものよりも恐ろしかった。



「お前の苦しんでる顔が、殺したいほど好きだよ。小太郎」



殺される。俺はいつか、本当にこの男に殺されるのだ。

桂はそんなことを確信した。
言葉の虚偽はどうでもいい。真情を隠した完璧な微笑みの看破など大した効果は得られはしまい。
ただ、きっと殺される。
殺意など微塵も感じはしないが、其れは純然たる事実として、未来に横たわっているような、そんな気がした。
そう思って震える彼の唇に、銀八はおぞましく甘い口づけをした。そして、彼は桂の中に果てた。