18















小綺麗な車体が夜をすりぬけていく。今宵は空に星ひとつ見えない。
桂がみっともなくずり下がったズボンを引き上げ、息を整えている間にも、車は迷うことなく桂の家へと向かって走った。
身体中が火照り、火が点いたように熱い。
愛撫を施された性器は未だ反り返っていて、だけど勝手に触れてその熱を解放することも許されないこの寒々とした状況で、
桂はただ息を吸っては吐くことぐらいしかできなかった。
なるべく隣に座る男の顔は見ないようにした。
羞恥もあるが、衝動が振り切れてしまいそうで怖かったのだ。今の自分は獣でしかない。
何をしでかすか、全く見当が付かなかった。

数分ほどで、車は桂の自宅の前に到着した。
家は外から見ても死んでしまったかのように真っ暗で、生活感の欠片も其処に住んでいる筈の桂でさえ汲み取れなかった。
銀八は例によって煙草を一本取り出し、窓を開けて吸う。
オイルライターの火が点けられる音、煙を深く肺に入れて、吐き出す所作。
その単調な仕草全てに、どうしてだか今はそこはかとない官能を感じる。
だが桂は銀八の顔は未だ見ることができなかった。
ただ、熱い。どうしようもなく熱い。


「着いたよ」


煙と共に吐き出される言葉には、何が付与されているのか。
早く降りろと言っているのだろうか。わからなかったが、桂は車を降りなかった。
このまま帰ることは、彼の選択肢にはなかった。
理性は何処に飛んで行って仕舞ったのだろう。熱に浮かされながらそんなことを思った。


「……先生」

「ん?」


目を見ないのは狡いだろうか。銀八は此方を見ているのだろうか。
桂は自分の膝の上の、堅く握られた拳を見つめた。


「…家、上がっていきませんか?」


声が少し震えた。不甲斐なくてまた涙が浮かびそうになるのを何とか制止。
銀八は数口煙草を吸ってから、まだ少し長いセブンスターを灰皿に押し込んだ。


「車、ここ停めてていいの」

「…たぶん…」

「レッカー移動されたら、身体で払ってね」


そう言い置くと、銀八はキーを抜き、車を降りた。桂もそれに倣った。


桂が先立って、玄関の鍵を開けようと鞄を覗き込み、宇宙怪獣ステファンのキーホルダーが付いた鍵を取り出す。
銀八は背後でそれを見ている、気配。
視線だけで粟立つ背筋を叱咤しようと、一度深呼吸をする。

不意に、銀八が桂の背中を後ろから抱え、そのまま後ろ向きにドアに押さえ付けた。
首筋に生ぬるい舌が、這う。何とか仕舞い込んだ自身を、布の上から掌で包まれ、腰がびくんと疼いた。


「ひゃっ…ん、ま、まって、せんせっ」

「何もたもたしてんの…それ、焦らしてる?いつそんなん覚えちゃったのヅラくんは」

「や、ちがっ…ふぁ、んっ、まっ…」

「ここで一本ヌいとく?我慢できねーだろ、お前」

「ん、やっ…やだ、あ…っ」


手から力が抜け落ちて、からん、と音を立てて鍵が地面に落ちた。
それを合図に、銀八は桂から身体を離し、鍵を拾った。
差し出された鍵を受け取り、ドアを開ける。
自宅の玄関先でいやらしい行為に耽るのは、はっきりと嫌だと感じたのに、桂の若い身体は名残惜しそうにびりびりと電流を帯びていた。


自室に銀八を招き入れてからは早かった。
少し痛いぐらいの力でベッドに押し倒され、スプリングが激しく軋んだ。
濃い口づけを交わすのも怠け、銀八の無骨な手が桂の衣服を剥いでいく。
桂はベッドの軋みがいやに大きく聞こえることに初めて気付いた。
家族の耳にこの規則的な音が入ってしまうかもしれない。
自宅で、同性の担任教師とふしだらな行為に慣れた様子で溺れる姿を目撃されるのは、この上ない恥辱である。
桂は殆ど消えかけていた理性を紡ぎ合わせ、銀八の尚も続く激しすぎるほどの愛撫の隙間から訴えかけた。


「せ、ンせっ…!あ、のっ、」

「なに」


なに、と聞いておきながら、銀八は敢えて桂の舌根から吸い上げるようなキスをした。
酸素が薄くなり、息苦しくなったころに、ようやく唇を一度離されたが、またすぐに口を塞がれ、言葉を奪われた。


「ぷは、ン、せん…っくるひ、」


だらしなく涎を口端から垂らし、痙攣する舌を動かし何とか言葉を紡ごうとする桂を、銀八は無理に押さえ込む。
その間にも、性器への愛撫がひっきりなしに緩慢にかつそれ相応の刺激を以て施され、桂はどうしようもなく為すがままにされるしかなかった。
ようやく銀八が口内への蹂躙を止めたときには、桂の性器はひどく腫れ上がって、その器官だけが別の生き物のように聳え立っていた。
銀八が後孔に指を挿れ、入り口の肉壁をぐちゅりと細かく掻き回す。


「ひんっ、ふあぁっ…!や、せんせ、床、で…っ」

「床?」

「ここ、じゃ、音、聞こえる…」

「やだよ、床とかいてーじゃん。それにさー、お前ぐらいの年齢だったら女連れ込んでもおかしくないでしょ。
お前がヤられてるなんて誰も思わねえよ」


確かに、其れはそうかもしれなかった。
要は、桂が嬌声を上げなければいいと言うだけの話ではある。
黙ってしまった桂の鼻筋を一度べろりと舐め上げて、銀八は彼自身を桂の後孔に押し当て、そのまま桂の内部に押し進んだ。


「っつあぁっ…!ふあ、あンっ、あ、あッ!」


今し方甘い声を出すことの危険性を認識したばかりだと言うのに、どうしても断続的に高い声が喉から這い出てきてしまう。
遠い記憶が蘇るようにして、尻の穴を男性器で貫かれる感覚と引き出される快楽に恍惚とする。
毎晩、同じ寝具の上で求めた銀八の雄。それが今、自分を刺して、拡げて、侵入している。
確かに異物の筈なのに、こんなにもしっくりと来るなんて本当にどうかしている。器官ごと作り替えられてしまったのだ。
だけど左様であるなら、銀八を求めてやまない心も必然のものである。
桂は荒く呼吸を繰り返し、声を上げながらそう思った。


「あっ、あっあ、や、ァっ、せ、んせっ、あぁあっ!」


ぎしぎしと耳障りな、ベッドの軋む音が響き渡る。
押さえ込もうとした嬌声は寧ろ更に甲高く、融けそうな快楽に神経が電流に跳ねて、何も懸念できずにただ喘いで貪った。
最早、軋音すら桂を煽る道具にしか過ぎない。
このまま壊されてしまいたい、狂ってしまいたい。この男の全身を使って、襤褸きれのようにされてしまいたい。


「は…っんなでけー声上げてたら、知らねえよ?」

「ン、ふぅうっ、ら、って…きもひ…!」


大きく蛙のように開かされた両足の間に、銀八の生の象徴が淫靡な水音を上げながらしつこく出入りする。
その度に生まれては桂に注がれる快楽が、彼を正気の淵に追いやっていく。確かな熱が、桂を追い上げる。


「あ、あ、いく、せんせ…っ!」


銀八の背にしがみつき、絶頂の為せる電流に呑まれる。
迫り上がる熱は跳ねながら、遂に外気に解放された。
全身が、ことに銀八に支配されている内部が、ぎゅっと収縮するのを感じ取った。
其れに促されたように、銀八が一際熱っぽい息を吐き、沸騰したような粘液が腸の中に押し流されていく。
その量は常の倍ほどもあって、桂を圧倒した。


「あっ、あぁっ…すご、…」

「…すっげー、出るでしょ今日。俺さ、あんま抜いてもなかったんだよ?すごいでしょ」

「せんせ…そんなに出したらっ…!」


行為自体が久しぶりだということもあるが、体内に注ぎ込まれる余りにも多くの精液に桂は戸惑いさえ覚えた。
内股を、受け入れきれなかった粘ついた液が伝っていくのを感じる。


「や、あ…だめぇ…」

「なーに?妊娠しちゃう?」


銀八が放った妊娠という単語自体は、自然現象の一部であって、それ自体には何のいやらしさも持たないはずであるのに、
この最奥までとろとろに繋がった状態と、銀八の低い声音の所為で、その言葉はこの世で最も淫猥でインモラルな響きにすり替わってしまう。
甘美な毒のように、理性を常識をほつれさせて、桂にあらぬ感情をもたらす。
彼の子供を、腹の中に宿すのはどんな気分なのだろう。
その時にこそ、彼の自分に対する支配は完全無欠のものになるのかもしれない。
遺伝子で、器官の全てを支配される。それは非道く不気味にも思え、非道く官能的にも覚えた。


「…したい」

「え?」

「妊娠…したい」


自分は今何を口走ったのだろう。世にも馬鹿げた望み、世にも陳腐な文句である。おぞましくて堪らない。
平気でそんなことを口走る自分が、恐ろしかった。
それでも、この歓喜の波が満潮に達している今この空間では、それすらも正当化できてしまいそう。


「ふぁ…っ!?」

「おいおい…んな可愛いこと言ったら、またおっきくなっちゃうでしょ」


その宣言通り、白濁とした液に塗れた体の中の銀八の一部がまた質量を取り戻した。
首筋に銀八が痛いほどに吸い付く。折角消えた痕が、再び宿っていく。
それは桂が銀八の支配を取り戻したという物証となるように思えて、ぞくぞくした。


「いっぱい出してやるから」


銀八が再び腰を動かす。中腹まで届きそうなほど、深く、重く、突かれていく。
一突きごとに狂いそうなほど嬌声を上げながら、桂はその夜をただただ浅ましい色に塗りつぶした。















明くる早朝桂が目覚めると、隣に銀八の姿はなかった。
少し眠りすぎた、と桂は後悔した。それも仕方のない、昨夜は意識が落ちるまで求め合ってしまったから。
よく眠ったつもりが身体のあちこちは情事特有の気怠さに包まれ、気分爽快というわけにはいかなかったが、それでも桂の気分は晴れていた。

一糸纏わぬ状態から部屋着を身につけた後、桂はとりあえず階下に降りてみることにした。
昨日のあの音が、家族の耳に入っていないことを祈った。あられもない声が自分のものだと悟られていないことを。

一階のリビングは水を打ったように静まりかえっていた。壁時計を見ると午前6時。
母親が起きるにはまだ少し早い。喉がからからになっていたことを思い出し、冷蔵庫から水の入ったペットボトルを取り出す。
グラスに注いで飲もうとした、そのときだった。

二階から、母親のものと思われる甲高い悲鳴が聞こえた。


「___!?」


その衝撃で、思わず水を床に殆ど零して仕舞った。
ただならぬ様子に、桂はすぐに階段を駆け上がり、「母さん!?」と叫んだ。
母親は、奥の部屋の入り口で腰を抜かしていた。怯えきった様子で声にならない悲鳴を断続的に上げている。


「どうし___」


駆け寄ったその先で、桂は母親と同じものを目にした。

それは、思いもよらない終末だった。







ただのエロ小説になってしまった 19