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当日はよく晴れていた。
桂はその日とても早起きで、何か適当に園内で買えばいいのに弁当まで拵えていたので金時は唖然とした。
もう遊園地ではしゃぐような歳ではないはずなのに、まるで5歳児だ。
かぶきランドは比較的近い場所にある。桂は車でなく電車で行こうと言い、金時は渋ったが承諾した。何と言っても今日は桂の休暇なのだ。
電車なんて何年ぶりだろう、と金時は思った。
平日の昼の車内は空いていて、ガタンゴトンと足下に響く走行音がどこか懐かしかった。
桂は車窓から流れていく風景に見入っていて、その横顔を見ていると金時は何となく自分の客たちが桂を構いたがる気持ちがわかった。

「うわぁっ」
目的地に着くと、ゲート近くにいたマスコットの着ぐるみが律儀に風船で出迎えてくれた。
女性でもちょっと足を止める程度だというのに、桂は子供たちに混じってかぶきワンコに擦り寄り、ごわごわしていそうな着ぐるみをおずおずと触って
満面の笑みを浮かべていた。
遠目から見れば可愛い女の子がマスコットに夢中になっているように見えなくもないが、実際はいい歳したロン毛の男なのだと思うと矢張り金時はちょっと気が引けた。


「おーいもういいだろ、行くぞ」
「あ、待ってください写真。かぶきワンコさんの写真撮りたい」


マスコットにさん付けかよ、と思いながらも、桂が自分から何かをしたいと言うのはもちろん初めてのことだったので金時はいらぬ気まできかせ、
一緒に撮ってやるからと自分の携帯を取り出した。


「何で棒立ちなんだよ、集合写真じゃねーんだから」
「あ、はい」


そう言っても桂は笑顔さえ作らなかった。
写真を撮られることにあまり慣れていないようで、ぎこちないことこの上ない。
子供でももっと楽しそうに映るぞ、と思いつつ金時は写メールを撮り、保存した。
桂はかぶきワンコのマスコットにありがとうございました、と深々とお辞儀付きで感謝し、金時にも同じようにした。
その笑顔をどうしてカメラに向けないんだ、と思うほどの綺麗な笑顔で。

「で、どこ行きたいの」
ガイドマップをぼうっと見ながら金時が問うと、
「あれ、乗りたいんですよ。『スイートかぶきドラゴン』っていう、かぶきランド一番人気のアトラクションがあって、朝の特番とかでもオススメされてたんです」
また可愛らしい名前のアトラクションだ。
此奴、意外と少女趣味なんだなと金時が思っていると、桂はお目当てのものを見つけたらしく、「あっ、あれです」と絶叫轟く回転ジェットコースターを指さした。

「…あ、あれ…?」

見るからにスイートではない、複雑で入り組んだそれでいて大胆な絶叫系のジェットコースターが、園内の空を所狭しと疾走している光景は、
金時の血の気を一気に引かせた。
正直言って、絶叫系は苦手である。
何でわざわざ肝の小さくなる思いをしなければならないのか、本当に理解できない。それを好む群集心理も然りである。

「…乗りたくないですか?」

様子のおかしい金時の顔色を瞬時に窺い、桂は少し寂しそうに問うた。
だが、ここで「怖いからやだ」などと軟弱な口がどうして叩けよう。
仮にも自分の部下にそんな弱味を見せつけるわけにはいかない。これからの関係にも支障が出るやもしれない。
やはり乗るしか選択肢はなかった。金時はあくまで大儀そうに承諾してやった。
大丈夫、今までだって女の子とデートしたときに何とか切り抜けてきたんだ、大丈夫大丈夫、たぶん見た目よりも怖くないって。
そう自分に言い聞かせながら金時はジェットコースター乗り場に身を投じた。
徐々に自分たちの順番が近付いてくると、降り場の様子が見えた。
口々に怖かっただのもう無理だの興奮気味に発する若者たちの感想を全て真に受けてしまいそうになりながらも、うきうきと順番を待つ桂の手前金時は平静を装い続けた。

「うぎゃあああああああ」
ところがいざ乗ってみれば、金時はまるで野獣のような雄叫びを上げざるをえなかった。
想像以上に迫力のあるコースを、想像以上の速度で小さい鉄の塊が縦横無尽にかけずり回る。まるでバンジージャンプである。
無間地獄のようなジェットコースターから降りたときには、金時の足はふらついていた。

「あぁ、すっごく楽しかったですね!」

そんな金時の気も知らず、桂は満足げにスキップまで踏んでいた。
理解できねぇ、到底理解できねぇと金時は呪詛のように心中で呟きながら、持参した水筒のお茶を一気に飲み干した。

「あっ、次はあれがいいです」

何とか金時の酔いも覚め始めた頃に、桂は遠慮なくとある建物を指さした。

「…………あれ………?」

華やかな遊園地の雰囲気とは明らかに違う、おどろおどろしい造りの洋館が打ち捨てられたようにぽつんと建っていた。
看板には真っ赤な文字で「ホラーランド」と書かれている。
お化け屋敷だということは明白だった。
金時は即座に回れ右をして逃げ出したくなった。それならばさっきの殺人ジェットコースターにもう一度乗る方が遙かに好ましい。
ぐうの音も出ない金時に、桂はこともあろうに「もしかして、怖いのダメですか?」と核心を突いてきた。

「えっ?はっ?何言ってんの?ああああんな子供だまし怖いわけないだろ大の大人が」
「…そうですよね、失礼しました。じゃ、早速行きましょう」

桂が含み笑いをしているように思えたが、そんなものは錯覚だと半ば強引に思い込み金時はおずおずと屋敷に向かって歩を進めた。

「あー、楽しかった…と、そろそろお昼にしましょうか。12時だし」
「…………」
「…金時さん、腕離してもらっても大丈夫ですか」
「え!?いやちげーし俺じゃねーし!お前だろお前!お前が怖がって俺にすがりついてきたんだろうが!!」

そう大声で言い訳がましく叫びながら、金時はようやく桂からがっちり掴んでいた両腕を離した。
恥ずかしいことにまだ両手が小刻みに震えている。全部偽物だ全部おもちゃだ…と言い聞かせても、脳裏には先程の恐ろしい光景がこびりついて離れなかった。
相手が女なら恐がりな金ちゃんも魅力のひとつになるのに…と桂に八つ当たりをしたい気分だったが、そこまで醜態を見せるわけにはいかない。
もう手遅れかもしれないが。

「それにしても、金時さんホラー苦手だったんですね…」
「は?何言ってんだよ全然余裕だし!これはそのアレだよ演技だよ、大げさに怖がった方がお化け屋敷側の人間も嬉しいだろ?
ホストというのはな、常に相手の喜ぶことを提供する精神が大事なんだよ、わかるか?それがホストのルールだ」

もっともらしい理論を並べ立てると、桂はああ、と意地悪く笑ってこう言った。

「はぁ、なるほど…勉強不足でした。じゃああの、気になってるホラー映画があるんですけど今度付き合ってくれませんか?」
このガキ、と金時は心中で毒づき、達者な口を生かして誘いを断ることにした。

「……いやあの俺映画とか見ないし、あんなんに金払いたくないし?うん、行くなら一人で行けば?」
「やっぱり怖いのはダメなんですね」
「ちっげーよ!何でお前と二人で映画行かなきゃなんねーんだって話だよ!」
「遊園地より遙かにマシだと思いますけど…まあホラーが苦手ならしょうがないか」
「いやだから!人の話…あーもーわかったよ!!行けばいいんだろ行けば!!」

ああ言って仕舞った、どうして売り言葉をこうもたやすく買ってしまうんだろう俺ってやつは、と金時は溜息を一つ大きく吐いた。
桂のことだからすぐに前売り券を買ってくるだろう。
何だか上手く飼い慣らされているような気分に金時は陥ったが、見たこともない眩しい笑顔を見せる桂を見ていると何となく無碍に扱いづらくて、また自己嫌悪に苛まれた。




桂くんと遊園地デートしてええええええ
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