※銀桂未来ねつ造、離別ネタです





















そいつはあまりにもあっさりとやってきた。
そして奴も、あまりにも淡々としていた。



























明日は来るのか




























どちらかが死ぬまで、と思っていたわけじゃない。
だけどもこんな単純なかたちで訪れるとも思っていなかった。
今生の別れ、というには違う。それでも互いにこの先会う意志がない分、限りなく其れに近い。
燃えるような橙にたなびく雲までも焼き付いていた。わかっていた。これは今までのどんなものとも違う、明示された別離だ。



「で、何処。行くの」



問うと、首を振るだけだった。
ご丁寧に呼び出しておいて、結局一方的に会話を終わらせた桂の表情は、逆光が食らいつくして見えなかった。
遠くからよく通った屋台のチャルメラが聞こえてきた。


「迷惑をかけたな」


そのチャルメラを掻き分けて桂は凛とした声でそう言った。うん、まぁね。わかってんじゃん。俺はいつものように気だるく返した。
欠伸も無理にひとつ、絞り出した。


「今日は電車なんだ」


桂は少し愉しそうに言った。一杯やってくか、と言い出せなかったのは俺の所為じゃない。
ただその代わりに、ポケットの中の原チャリの鍵を弄びながら「俺も」と言った。























電車を待つ。プラットホームは帰宅ラッシュで中々に賑わっていて、アナウンスや話し声が渦を巻いている。
俺と桂はベンチ2つ分の距離を空けて立っていた。向かい側のホームの人間が見れば他人同士に映るだろう。
恐らくこれが二人で話す最後の機会であろうに、何も話すことなどなかった。
考えてみれば俺たち二人の距離は、いつもこれぐらいのものだった気がする。
触れようと思えば手を伸ばせば届く。だが何気なく触れるにはあんまり遠すぎる。
桂の横顔を見た。一時間前に会ったときと何ら変化のない表情で、真っ直ぐの方向を見ている。
此奴にとって俺との別れは本当に毛ほどの未練もないものであるのだろう。もうそれが哀しいとも思えない。
これは諦念なのか、絶望なのか、それとも無関心なだけなのか。長く隣に居すぎて、もう。わからなくなっていた。
まどろむような人いきれに、俺はくらりとした。また前を向いた。

2番線に電車が到着する、と車掌が言った。桂がぴくりと反応し、少し前に歩み出た。
どうやら急行では止まらない駅で降りるらしい。そんなことさえも今知った。知ろうとしていなかったのかもしれない。
頭のおかしくなりそうな優しい到着音が鳴り響き、電車はゆっくりとホームへ滑り込んだ。





「じゃあな」
「おう」






俺は左手をひらひらと振った。常と何ら変わらない様子で。桂は暫くこちらを見てから、車内へ乗り込んだ。
ひときわ目立つ黒く長い髪が乗客の間に埋もれていく。俺はそれを見送った。
ドアが、車掌の注意と共に閉まろうとしたが、一瞬がこんと音を立てて止まって、もう一度開いた。
駆け込み乗車はおやめください。そのアナウンスに乗客全員が迷惑そうな顔をしたが、
ドア側の窓に向かって立っていた桂は曇りひとつない表情でただ俺を見ていた。

今度こそ電車が動き出したときだった。
桂は衝撃にびくっと身体を動かしてから、細い眉をく、と顰めて「い」の形に唇を動かした。
何だか泣き出しそうな顔だ、と思った。その時になって俺はその日初めて桂の顔をしっかり正面から見た。
そして、あれは俺の名前を呼ぼうとしたんだと気づくと、苦しくなった。
苦しくて苦しくて仕方なくなった。だからその場にしゃがみこんだ。
それでも、涙はどうしても出なかった。出てくれた方がきっとずっと楽だった。


哀しいんではなく、間違っている気がするんだ。もう会わないなんて。
生まれてきて気づいたら居たような奴と、残りの人生一切関与せずに生きていくなんて間違っている気がする。
その違和感は、確か以前にも一度感じた。だが今とあの頃とは全てが違う。
お互いが一番お互いを知っていたあの頃は、世界には俺たち二人だけだった。だからあんなにも焦がれて、狂うことができた。
しかし今は、俺にも奴にも、庇護すべき対象がある。支えてくれるものがあるから、この先何とでもやっていけるだろう。
彼奴を忘れて日々に没頭することもできる。今まで通りの生活を送ることができる。
金はないが初めて感じる家族の温もりというものに包まれた生活を。

それでもこんなに苦しいのは、頭の片隅で分かっているからだろう。
あの男の存在が占めてきた割合、いなくなることの意味。




そして、二度目の再会はないということを。













やっぱり無理だったから →おくづけ