SEE YOU AT THE SHOW
いつまで経っても慣れないのは、ライブハウスの轟音だけじゃない。
音楽に興奮した人いきれ、酒と煙草の充満したにおい。リハーサルで掻き鳴らされる意味を為さないギターリフの切れ端の音。
全然、俺はまだ慣れてない。
大学に入学して間もない頃にできた友達(と言ってもそんなに親しいわけでもなかったが)が、執拗に勧めてきたバンドはYZYといった。
ボーカルのギンがめちゃくちゃかっこいいんだ、それはもう破壊的に、かっこいい。
だが俺の家にはテープレコーダーしかなかったので、えむぴーすりーに落としてあいぽっどなのでとりあえず聞いてみるという彼の提案は不可能だった。
そこで彼が言った言葉は次前座に出るライブに一緒に行こう、というものだった。
俺は初めてライブというものに出向いた。だが俺のイメージしていたライブとは全く違った。
二階席もなければ、派手な御輿も会場に張り巡らされるアルミの舞台みたいなものもなかった。
手作りのうちわやペンライトを持っている人は誰もいなかった。俺は箱みたいに狭い地下室みたいなところで、
最初に無理矢理ドリンクを買わされ、耳や腕に銀色の装飾品をつけたいろんな色の髪をした人たちの間に押し込まれた。
少し興奮ぎみの声で飽きることなくされていたおしゃべりは、つんざくようなギターの音で歓声へと変わった。何度か無意味にギターの音が鳴って、これがオススメの曲かと思って感心していたら、それはチューニングというやつで曲ではないと後で教わった。舞台は暗くてよく見えない。
ぷつりと全ての音が止んだ。俺はその時、オレンジジュースを零さないように必死だった。
だから怒声のような叫び声がライブハウス中に響き渡ったとき、とてもびっくりしてしまった。
オレンジジュースはその時に全部零れた。後ろから押してきた奴がいたからだ。
照明が思い出したように一斉に点き、叫び声の主を照らした。
白いTシャツ、よれよれの細身のジーンズ。そして真っ赤なギター。突き刺すような瞳。誰かを殺した後の殺人鬼のような。
細い身体から絞り出されるのは、地獄の底から聞こえてくるような大きな歌声。目が眩んだ。
くるくるの銀色の髪がギターを掻き鳴らすたび揺れている。そうか、あの人がギンか。
「With the lights out its less dangerous
Here we are now
Entertain us___」
でたらめに弾いているようでギターからはちゃんと音が出ていた。でたらめに唄っているようでちゃんと歌詞らしきものがあった。
みんなも一緒に歌っていた(叫んでいた)。
そんなに有名なバンドなのかと思って感心していると、後であの歌はNIRVANAという随分昔のバンドの曲だったらしい。
それは、その後ギン本人から聞いた。
「ギンさん、あの一曲目に弾いてた歌が一番有名なんですか」
何故かその次の次の次のライブの後、俺はギンに声をかけられてしまった。
今思えばあれからどうしてまた友達に付き合ってライブに行ったのかわからない。
正直歌っているギンは怖かった。
何かに取り憑かれているような、狂気に満ちた表情。ギターは武器か何かみたいだった。
しかし、実際に話したギンは普通だった。
寧ろ、死んだ魚のような瞳をしていて常にやる気がなさそうで、狂気なんてものとは無縁の人間だった。
「は?ちっげーよ馬鹿。あれはコピー」
「へぇ、すごいですね。もう音楽もコピー機でコピーできる時代になったんですか。
俺そういうの疎くて、未だにカセットテープしか持ってないし」
「お前カセットテープしか持ってねぇの!?嘘だろそんな時代の化石で何が聞けんだよ!!
ってコピーってそういうんじゃねぇええ!!」
打ち上げと称して開かれた飲み会に初めて呼ばれたとき、俺たちはそんな会話をした。
ギンの本名は坂田銀時と言った。変わった名前だ。でも本名の方がかっこいいのに。
銀時の説明はわからない単語が多すぎてちんぷんかんぷんだった。
あれはニルヴァーナのだよ。ネヴァーマインドに入ってる。スメルズ・ライク・ティーン・スピリット。
ニルヴァーナぐらい知ってんだろ?え?知らない?涅槃ですかってお前そりゃそういう意味だけど、バンドだよ90年代初頭アメリカの。
グランジ・ロックの先駆け的存在。やーでも俺はさ、ネヴァーマインドよりかブリーチとかのが秀逸だと思うわけ。
あの曲はウケがいいからやってるけど、個人的には___っておい寝てんじゃねえええええ!!!
銀時は俺によく暴言を吐いたり頭を殴ったりヅラとかいう妙な渾名をつけたりしてきたけど、何だかんだで仲良くしてくれた。
友達は最初飲み会にもよく来ていたが、その内に来なくなった。
銀時は家に来ることも増えた。俺が行く日もあった。壮絶に汚い家だった。
でもやっぱり歌っているときは怖かった。銀時じゃなくて、ギンだった。
ライブを終えて裏口で会う銀時は、いつもの銀時なのに。
俺を見つけるとどこか嬉しそうな顔をした。それが何となくこそばくて、俺も銀時に見つけてもらったのが嬉しくなった。
俺たちは嘘みたいに仲良くなっていって、いつの間にか毎日連絡を取り合って、週に2回は会うようになっていた。
クリスマスとお正月にあったことは恥ずかしいから言いたくない。言いたくないけどそれで俺たちは変わってしまった。
俺はいい変化だと思っている。お正月が明けてから、何となくだけど銀時は唄っているときも銀時っぽくなった。
でもやっぱり怖かった。それを一番前の列で見るのは、まだまだ慣れないことだった。
ヅラに銀さん呼びをさせてみたかった…後半へーつづく
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